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ほぼ知らない

車の中で高橋は不安を感じていた。

夢にしてはあまりにも体感時間が長いこと。
痛みを感じること。
そして全く覚める気配が無いこと。
これはもしかすると現実なのではないか、と感じ始めたことに不安を感じていた。

少なくとも、自分はあんなにもAKBが人気になっている世界なんて知らない。
夢だと思う他ないが、夢ではないと感じている矛盾。
わけがわからなかった。

―これは夢なんですよね?
―だから高橋……さっきから何言ってるんだ?

流石に夢であるかどうかの質問は、相手にしてもらえない。

―あなたは戸賀崎さんでいいんですよね?
―……お前本当に大丈夫か?

確かに、大丈夫か、と思われてもいいような質問ではあった。
しかし、思えば、先ほどサインを書いた相手や自分を追っかけてきた人々。
皆、初対面の人物であった。
夢なのに知らない人が出てくるのも不思議であった。

さっきから何度も頬や太もも、腕を思い切りつねっている。
それでも目は覚めない。
目を覚まそうと思っても覚めない。

一気に恐怖が高橋を支配する。
夢なのか現実なのかも分からない世界に閉じ込められた。
泣きそうになっていた。

戸賀崎は電話をし始めた。

「うん、うん。今から高橋連れてそっち向かうんで。頼みます」
そしてチラリと高橋を見た。
「なんか……様子が変だけど……さっきから意味不明なこと言ってる。……夢だとか何だとか」
自分のことを言っているように思われた。
確かに現実世界で「夢なんですよね」なんて言っていたら頭がおかしい。
つまりこれは現実? それともそれに見せかけた夢?

この世界に来て、まだ顔を知ってる人間とほとんど会っていない。
もしメンバーと会えるなら、かなり安心できる。

しばらくして車はどこかの駐車場へ入り、高橋は車を降ろされた。
そのままエレベーターに乗り込み、楽屋が並んだフロアに出る。
戸賀崎のあとをただただついて行く。
すると、『AKB48様』とかかれたドアが出現した。
位置的に明らかに広い楽屋だった。
1人1人が座るスペースも無いような狭い楽屋ではない。

「高橋入りまーす」
そういって戸賀崎はドアを開けた。
「おはようございまーす」
高橋は反射的にそう声を出していた。

一気に部屋中の視線が刺さる。
それと同時に高橋は部屋を見回す。
そして、やはりおかしいことを感じる。
確かにいかにも『AKB48』っぽい若い少女が沢山いたが、知っている顔がいない。
おはようございます、たかみなさん、と挨拶されても誰だかわからない。
いくらなんでもこれだけ知らない顔の人物が出てくる夢なんてあり得ない。
メンバーの顔すら分からないAKB48が存在する世界に自分は来ている。
そう思うしかなかった。

「……もう勘弁してよ……」
すぐにでも泣きだしたかった。
しかし、その視界に1人知っている顔が映った。

「……あっちゃん!」

前田敦子がそこにはいた。
高橋はすぐに駆け寄って抱きつく。

「会いたかったよー」
「ちょ、たかみなどうしたの?」

よく見ると、小嶋陽菜に峯岸みなみ、平嶋夏海に板野友美といった顔を知るメンバーが何人かいた。
知ってる人間に会える感動。
普段だったらこんな経験することはまずあり得ないが、とにかく嬉しかった。
結局喜びから涙が出てきてしまった。

「たかみな大丈夫?」
前田の心配をよそに、高橋は泣きながら前田に話しかける。
「良かったよー。やっと普通のメンバーに会えた」
「ええ? どういうこと?」

そしてずっと無視されてきた疑問を問う。
「あっちゃんなら聞いてくれるよね?」
「何を?」
「これは夢なの? 現実なの?」
「はあ?」
「これは壮大なドッキリなの? それとも私はどこかで眠ってるの? どうやったら起きられんの?」
高橋はそのまま泣きながら座り込んでしまった。

更新日:2011-12-14 17:46:11

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