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古いロッカー

しばらくして、ようやく溢れ出ていた高橋の涙は止まった。
鏡があるわけではないが、おそらく目を腫らしてしまっただろうと思いつつも目をこすり、鼻をすする。

「はあ……そろそろ外に出ないと」

冷静になって辺りを見回してみる。
何も考えずに入った、この真っ暗な部屋がどこなのかもわからない。

とりあえず、部屋の電気をつける。
ドアのすぐ近くにあったスイッチを押す。
白い蛍光灯が問題なく点いた。
部屋の作りは他の部屋と変わらないようだった。
中央には机とソファが置いてあり、部屋の端には衣装タンスがある。
使われていない控室、といったところか。

しかし、高橋はこの部屋に強い違和感を感じた。
それは他の部屋には無い、圧倒的に目を引くものが置いてあったからだ。

「何……これ? ぼっろいロッカー」

中央とも端とも言えないなんとも中途半端な場所に、明らかに年代を感じさせるさびれたロッカーが置いてあった。
しかし古いだけ、というわけでもない。
普通のロッカーには感じない、何とも禍々しい雰囲気を醸し出している。

「使われてないのかな?」

高橋は何の気なしに、ロッカーの取っ手に手をかける。
その瞬間だった。
ズズっとロッカーに引き込まれるような不思議な感覚を覚える。
取っ手を通して体全体が吸い込まれるような。

「うわ!」
慌てて手を放す。
尻餅をつく一歩手前のビビり方だった。

「何今の……気のせい?」

もう一度、ゆっくりと取っ手に手を伸ばす。
恐怖心はあった。
しかし、好奇心が圧倒的に上回った。
あの感覚は何だったのか。
一瞬ではあったが、今まで経験したことのない感覚だった。

「……えい!」
掛け声とともに、取っ手を勢いよくつかむ。
また、あの吸い込まれるような感覚がやってくるに違いなかった。
しかし予想に反して、さっきのような感覚はまるで無い。
普通の取っ手だ。

「あれ? なんだ気のせいか……恥ずかしい」
誰もいない部屋で一人ロッカーを前に騒ぐ自分の姿を想像して顔を赤らめる。
「何も入ってないかな?」
取っ手を掴んだ手をそのままにロッカーを開けようとする。
鍵が掛かっているわけではないが、錆びているためか、中々開かない。

「何だよ、この、この」
何度か、ぐい、ぐいと引っ張る。
そのたびに、ロッカーはギシギシと音を立てる。

「あとちょっと……」
最後の一押しというところまできた。
全身を使って、思い切り取っ手を引っ張る。

ガシャン! と今にも壊れそうな音を立ててロッカーは開かれた。

「お! 開いた! ……って、ええええ!?」

自分の身に起こっていることは、そう簡単に頭で理解できるようなことではなかった。
ロッカーが開いた瞬間、また先ほどの吸い込まれるような感覚に襲われたのだ。
それも、先ほどとは比べ物にならないほど強く。

「ちょちょちょちょ、ロッカーに吸われてる!?」

必死で取っ手から手を離そうとするが離れない。
吸われないように足で踏ん張って耐えるしかない。
しかし、それを大きく上回る強さでロッカーに引っ張り込まれる。

「うわあああ! だ、誰か助けて!」

しかし、この声は誰にも届かない。
ロッカーは激しく光を発し、周りの景色がグニャグニャと歪んで見える。

「こんなことってあるの……? 勘弁してよ……」

せっかく泣き止んだのにまた涙目になっていた。

「マジ……無理」

ついに床から高橋の両足が離れる。
高橋はそのままロッカーに頭から吸い込まれていった。

更新日:2011-12-06 01:30:16

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