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夢から覚めない
さらに深刻、というより信じがたい状況に発展してしまった高橋を見て心配そうな前田と峯岸。
現場を包み込む、どうすんのよ感。
そんな雰囲気を感じ取り、高橋はできる限り明るく答える。
「多分その考えは正しいと思うよ」
その事実を肯定しようとすればするほど、絶望的な状況になることは明らかだった。
それでも高橋は続ける。
「だって、私の持ち物は2005年のものだもん。記憶喪失なら衣服も2011年じゃないとおかしいよね」
そう言って圏外になっている何年も前の携帯電話を見せる。
もうこれが夢なのか現実かなんて分からない。
もはや夢だという可能性の方が低い。
そんなモヤモヤしたものにすがりつくのであれば、もう夢でなくていい。
一種の開き直りのような感覚で、自分の置かれた状況をはっきりと声に出す。
「私は2005年から2011年にタイムスリップした。そういうことだ」
前田と峯岸の2人、そしてさっきから会話を聞いているメンバーもその信じがたい事実を受け入れるしかないようだった。
嘘だとか、ありえない、という前に状況が証拠となって高橋のタイムスリップという真実を作り上げている。
「あのさ……じゃあこんなこと聞いても分からないとおもうけど」
前田が恐る恐る聞いた。
「どうやって……未来に来たの?」
「それは……」
高橋は思い出せなかった。
自分がどのようにしてこんな世界にやってきたのか。
気が付いたら秋葉原の路上に倒れていた。
そこよりも前。
必死に思い出そうとするが、思い出せない。記憶が無い。
「分からない……」
淡く感じていた恐怖が一層引き立つ。
ここまで目を背けていたことだ。
……帰る方法が分からない。
わけもわからず未来に飛ばされて、戻る方法が分からない。
生きてきて感じたことのないほどの恐怖。
全身から汗がドッと出てくる。
「私……戻れない」
冷静になればなるほど浮かび上がる絶望的な状況に対する恐怖。
その冷静な分析を引き金に、今度は一気にやってくる焦燥感。
涙を浮かべながら目の前の前田にすがりつく。
「戻れない……戻れないじゃん。やばいよ! 戻れない戻れない! もう私の世界には帰れない!」
「落ち着いてたかみな。大丈夫だから」
取り乱す高橋に前田も驚いていた。
「いやだいやだいやだ! 帰りたい!」
「帰れるから。大丈夫だって。落ち着いて!」
もう周りの声は聞こえない。
高橋は過呼吸のようなものに陥っていた。
小学生でも出さないような声で絶叫した。
そして意識を失った。
それからどれだけ時間が経ったのかは分からない。
周りから音というものが回復し、意識が戻ってきたのが分かる。
目を開けたらそこは自宅のベットの上。
今までの出来事は全部夢だった。夢落ちで終了。
そう願っていた。
しかし、目を開けてまず飛び込んでくるのは蛍光灯の白い光。
寝ているのは柔らかいベットではなく、硬い床の上。
床に直に寝ていたわけではなく、申し訳程度に毛布のようなものが引いてあるのは分かった。
先ほどよりもずっと騒がしい楽屋。
色んな声が飛び交っていた。
やっぱり夢じゃない……現実だ。
最後の希望がついえてまた泣きたくなる。
「あ、たかみなさん起きました!」
名前の分からぬ未来の後輩の声で、他のメンバーが集まって高橋の顔を覗き込む。
「やっぱり……2011年なんだね」
念のための確認だった。
「そうですね……お気の毒ですが」
しかしそれは未来の後輩を困らせただけだった。
「たかみな……大丈夫?」
前田が後輩たちの後ろから顔を出す。
先ほどとまた変わって見えるのは、メイクが濃くなり、きちっとした衣装を着ているからだろう。
どうやら撮影直前のようだ。
「あっちゃん……これから撮影?」
「そうだよ。ライブ形式なんだけどさ」
「……もっと大人っぽく見えるね」
「そんなことないよ。年相応。それとも老けてるって言うわけ?」
「そんなわけないじゃん!」
雰囲気は和やかだった。
あんまり覚えていないが、さっき自分は狂ったように泣き叫んでいたはずだ。
そんな姿を見たのに、無かったことのように接してくれるメンバーの気遣いが嬉しかった。
「こんな状況で言うのも難だけどさ……ライブ、見ていく?」
「え?」
「やっぱそんな気分じゃないかな?」
気分的にも実際の状況的にも娯楽を見ている場合ではない。
しかし、大ブレイク中のAKB48のライブ。
これを見ないわけにはいかない。
未来のあっちゃんたちはどんなことをやっているのか。
想像しようとしても想像できない。
結局、「そんな気分じゃ……」と思ったのは一瞬だけで、すぐに見たい気持ちが勝った。
「見られるのなら、是非」
「わかった。じゃあ、戸賀崎さんに言っておくね」
前田はニコリと笑うと、小走りで楽屋から出て行った。
目の前でせわしなく右往左往するメンバーたち。
ただ楽屋の端っこで座っているだけの自分が、何とも悲しく思えた。
現場を包み込む、どうすんのよ感。
そんな雰囲気を感じ取り、高橋はできる限り明るく答える。
「多分その考えは正しいと思うよ」
その事実を肯定しようとすればするほど、絶望的な状況になることは明らかだった。
それでも高橋は続ける。
「だって、私の持ち物は2005年のものだもん。記憶喪失なら衣服も2011年じゃないとおかしいよね」
そう言って圏外になっている何年も前の携帯電話を見せる。
もうこれが夢なのか現実かなんて分からない。
もはや夢だという可能性の方が低い。
そんなモヤモヤしたものにすがりつくのであれば、もう夢でなくていい。
一種の開き直りのような感覚で、自分の置かれた状況をはっきりと声に出す。
「私は2005年から2011年にタイムスリップした。そういうことだ」
前田と峯岸の2人、そしてさっきから会話を聞いているメンバーもその信じがたい事実を受け入れるしかないようだった。
嘘だとか、ありえない、という前に状況が証拠となって高橋のタイムスリップという真実を作り上げている。
「あのさ……じゃあこんなこと聞いても分からないとおもうけど」
前田が恐る恐る聞いた。
「どうやって……未来に来たの?」
「それは……」
高橋は思い出せなかった。
自分がどのようにしてこんな世界にやってきたのか。
気が付いたら秋葉原の路上に倒れていた。
そこよりも前。
必死に思い出そうとするが、思い出せない。記憶が無い。
「分からない……」
淡く感じていた恐怖が一層引き立つ。
ここまで目を背けていたことだ。
……帰る方法が分からない。
わけもわからず未来に飛ばされて、戻る方法が分からない。
生きてきて感じたことのないほどの恐怖。
全身から汗がドッと出てくる。
「私……戻れない」
冷静になればなるほど浮かび上がる絶望的な状況に対する恐怖。
その冷静な分析を引き金に、今度は一気にやってくる焦燥感。
涙を浮かべながら目の前の前田にすがりつく。
「戻れない……戻れないじゃん。やばいよ! 戻れない戻れない! もう私の世界には帰れない!」
「落ち着いてたかみな。大丈夫だから」
取り乱す高橋に前田も驚いていた。
「いやだいやだいやだ! 帰りたい!」
「帰れるから。大丈夫だって。落ち着いて!」
もう周りの声は聞こえない。
高橋は過呼吸のようなものに陥っていた。
小学生でも出さないような声で絶叫した。
そして意識を失った。
それからどれだけ時間が経ったのかは分からない。
周りから音というものが回復し、意識が戻ってきたのが分かる。
目を開けたらそこは自宅のベットの上。
今までの出来事は全部夢だった。夢落ちで終了。
そう願っていた。
しかし、目を開けてまず飛び込んでくるのは蛍光灯の白い光。
寝ているのは柔らかいベットではなく、硬い床の上。
床に直に寝ていたわけではなく、申し訳程度に毛布のようなものが引いてあるのは分かった。
先ほどよりもずっと騒がしい楽屋。
色んな声が飛び交っていた。
やっぱり夢じゃない……現実だ。
最後の希望がついえてまた泣きたくなる。
「あ、たかみなさん起きました!」
名前の分からぬ未来の後輩の声で、他のメンバーが集まって高橋の顔を覗き込む。
「やっぱり……2011年なんだね」
念のための確認だった。
「そうですね……お気の毒ですが」
しかしそれは未来の後輩を困らせただけだった。
「たかみな……大丈夫?」
前田が後輩たちの後ろから顔を出す。
先ほどとまた変わって見えるのは、メイクが濃くなり、きちっとした衣装を着ているからだろう。
どうやら撮影直前のようだ。
「あっちゃん……これから撮影?」
「そうだよ。ライブ形式なんだけどさ」
「……もっと大人っぽく見えるね」
「そんなことないよ。年相応。それとも老けてるって言うわけ?」
「そんなわけないじゃん!」
雰囲気は和やかだった。
あんまり覚えていないが、さっき自分は狂ったように泣き叫んでいたはずだ。
そんな姿を見たのに、無かったことのように接してくれるメンバーの気遣いが嬉しかった。
「こんな状況で言うのも難だけどさ……ライブ、見ていく?」
「え?」
「やっぱそんな気分じゃないかな?」
気分的にも実際の状況的にも娯楽を見ている場合ではない。
しかし、大ブレイク中のAKB48のライブ。
これを見ないわけにはいかない。
未来のあっちゃんたちはどんなことをやっているのか。
想像しようとしても想像できない。
結局、「そんな気分じゃ……」と思ったのは一瞬だけで、すぐに見たい気持ちが勝った。
「見られるのなら、是非」
「わかった。じゃあ、戸賀崎さんに言っておくね」
前田はニコリと笑うと、小走りで楽屋から出て行った。
目の前でせわしなく右往左往するメンバーたち。
ただ楽屋の端っこで座っているだけの自分が、何とも悲しく思えた。
更新日:2011-12-21 00:06:51