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小説

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昭和三十四年頃 初夏

「四十一車輌やな」

 聞き慣れない声にと言うよりも、自分の数えた数と違った事に驚いて信治は振り返った。
どこかで見た覚えのある同年代の少年が立っていて愛嬌のある笑顔で見つめている。

「四十二とちゃうか?」

信治は自分の数が正しいと少し語気を強めて、もう一度信太丘陵の方を見た。
少年が近づいてきて横に並ぶ。

「四十一や、最初の機関車は数に入れたらアカン。引っ張ってる貨車の数だけが正解や」

信治が反論しようとするのを遮るように

「段々貨車の数が減ってくるな。景気悪なるのかな」

大人の会話のような感想を信太山の麓を見て一人愚痴っている。

「あそこまで二キロほどあるよな。阪和線の貨車の数を数えるには、ここが一番やな一望や!そやけど、それももうすぐアカンで」
「何でや」
「この辺りの田んぼも殆ど家だらけになる。ホレ見てみ、あっちこっちでほったらかしの田んぼがあるがな」

少年の指さす方を信治も見た。確かに所々荒れっぱなしの水田も見える。

「家(うち)は団地か」
「俺の家か?…うん」

詳しく言えば府営住宅なのだが訂正もせずにうなずいた。
 信治の住んでいる団地は、やはり信太山に向かってやや左側に存在している。四階建ての四棟と取り囲むように二階建ての棟が十四棟、水田の中に忽然と薄い白とピンクの鉄筋コンクリートの建物が、戦後も終わったと言いたげに近代化の象徴として偉そうに建っている。

「違う世界やな」
「何がや」
「あそこで生活している奴らや、この辺りの人間とは違う奴らや」
「どこがや、同じやろ」
「違うな、何や知らんけど、ホッソリした人たちや」
「ホッソリ?」
「どう言うてええのか分からへんけどホッソリと赤や黄色や水色の奴ら…」

 少年が団地の方を見ていると突然南海電車の近づく警笛が鳴った。
二人は土手上に設置された南海本線のレールの上に居たのだ。
 二人同時にレール上 を離れる。帰宅しようとする信治に少年が追いついてくる。

「この間引っ越してきた須藤や」
「北村や、北村信治」

少年は、知っていると肯き、歩きながら話した内容から、ここに来る前は堺東に住んでいたらしい。
宿院や大阪の住吉辺りが、彼の父親の仕事の本拠地らしかった。しばらく沈黙した後、須藤は、ためらいがちにポツリと言った。

「離れた方がええんやて。それから高石の方へ来たんや」
「どういう事やのん」

信治には須藤が何を言っているのか、又、何を言おうとしているのかが分からなかった。

「親父の近くから離れた方がええらしいねん。その方がおっ母も楽やて」
「別れたん?」

信治は聞きながら、こんな個人的な、しかも家庭内の問題を、まだ良く知りもしない間柄で話して良いものかといぶかしく思った。

「うちのおっ母…二号や」
「二号って?」
「何や二号も知らんのか、愛人ちゅうやっちゃ」

須藤は、明るく屈託無く話す。信治には初めて聞く種類の話題で、まったくついていけない。

「俺、友達少ないねん。お前も離れて行くかもしらんな…」
「まだ友達にもなってへんがな」
「そりゃそうやな」

須藤と信治は大笑いしていた。信治は、ほぼ初対面にも関わらず須藤の開けっぴろげで陽気な性格に親しみを覚えた。反して何故自分に近づいてきたのかと言う疑問も少し感じていた。
 そして信治の住む団地に着いた。

「この垣根、この団地一周してるんか?」
「四方って言うんかな端っこだけ開けてある。今居る反対側の方に大きな入り口が有って太い道が真ん中辺りまで入って来てるよ」

 信治は方向と団地内の様子を説明する為に左手を大きく動かしていた。

「やっぱり、何か別世界やな」
「こんな垣根、何の役にも立ってないで」
「そう言う意味と違うがな…やっぱり住む世界が違うんやろな」
 一・五メートル位の垣根を目で追いながら二人は居た。
「お前んちは?」信治が聞く。
「駅の側の踏切あるやろ、あの踏切に沿って、こっちに入ると長屋が並んでるの知ってるか?そこの一番奥の家や」

信治は長屋と言う建物を良く理解していなかった。聞くには何故か気が引けて、ただ頷いていた。

「いっぺん遊びに来いや…」

駅に向かって歩き出そうとした須藤が唐突に言う。

「今から、又、川の端の隠れ家に行くんか」
「え?お前何でアソコ知ってんねん?」

それには答えずに笑って手を振ると走り去って行った。
 小さくなっていく須藤を信治は変わった生き物でも見るように姿が見えなくなるまで見送っていた。
何故か不快な気持ちではなかった。

更新日:2011-11-22 12:23:20