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第二話 日常 Signs of Collapse

「おはよ。珍しいじゃない?そんなかっこでこんな時間に。ひょっとして、昨日のあれでテロ班非常召集、OB綾川くんも対テロ班に一時復帰で顔合わせとか?」
 休憩室に設置されたカップ式の自販機の前で、コーヒーを片手にグレーのパンツ・スーツ姿の吾妻ルカが暢気に尋ねる。吾妻の向かいには、壁を背に、丸い座面の簡素な椅子に腰掛けた大男、綾川睦月がいる。綾川の方もやはり、ダークスーツにネクタイ、一応きちんとした服装をしている。公務員にしては怪しい生態を示す彼らも、本拠でのドレスコードはそれなりに遵守するらしい。
「課長の指示もあって、実はもう先週から合流させてもらってる。だが、」
 不自然に言葉を切り、綾川は周囲を軽く見回す。
「どうしたの?」
「いや、今回の件、どうも不自然な点がいくつかあってな。」
「え、だってあれでしょう?七月から数えてこれで六つ目、犯人不明の連続地下鉄テロって。」
「まあ、それはその通りなんだが。ついに目撃情報が出た。」
「おお、よかったじゃない。」
 情報通信局から公安課に引き抜かれ、公安課随一のサイバーテロ対策要員となったという経緯を持つ吾妻が、庁内を流れるそのような事項を把握していないはずもない。だが、そのことはお互い触れず表向きの職掌を重んじて会話を進めるのが、ここでのマナーのようだ。実際綾川も、笑みを浮かべている吾妻の目を一瞬のぞき込んだだけで、そのまま会話を続ける。
「ま、ふつうはな。だが今回、むしろ判らないことが増えた。」
「どんな?」
 吾妻の表情が、少し真剣なものになる。あるいはここから先が、庁内でもまだ非公開の、綾川たちしか知り得ない情報であるのかもしれない。互いに少し顔を近づけ、小声になる。
「爆発の直前、不自然な荷物を抱えてうろついていたのがいたらしいんだが、声をかけようとした駅員の話じゃ、どう見ても子どもだったというんだ。しかも、爆薬の設置位置は鍵の掛かった業務用の区画内だ。」
「そう……。現場は、これまでも業務区画だったでしょ?人気の少ない……」
「ああ。だから不法侵入とセットで探る方針だったんだが、子どもだぜ?侵入の手口云々でプロファイル追い込めるような話とは違うってことになるだろ?」
 首を竦めて見せる綾川には視線を向けず、吾妻は軽く腕組みしたまま天井の隅を見上げていた。手中の紙コップの中身も見ずに口元に持っていき、空だと気づいてダストボックスに放り込む。
「子ども、か。声をかけようとした、ってことは、」
「ああ。なぜだか直前で見失ったらしい。ただし構内のカメラには、一応映っていた。やはり背丈としては子どものものだ。」
「一応ってのは?」
「カメラからだいぶ離れていて、顔の特定までは難しい、というくらいだ。カメラ設置位置を考えての行動という可能性もある。」
 吾妻は、不満げな表情を浮かべた。何かおもしろくない事柄を想起したのかもしれない。
「そう。子どもなのに不法侵入できて、子どもなのに計算尽くと。それって、……もしかして?」
 綾川はうなずきつつ腕組みをして、座り直した。ぎしり、と丸い椅子が音を立てる。
「ああ。現状確かなことは分からないが、可能性があれば潰していくのがこっちの仕事だからな。課長を通して、本庁に協力を依頼した。そろそろいらっしゃる頃だ。」
 二人はちらりと、それぞれの腕時計に目をやる。一瞬の沈黙が訪れる。子ども、そしてテロと重なれば、その記憶は嫌でも蘇る。公安警察の中枢に関わるものであれば、間違いなく。吾妻は一つ、溜め息を吐いた。
「――そっか、なるほどね。状況は思ったより悪いって感じかな。こっちも一一時からミーティングって言われてて。何かあるなとは思ってたんだけども。ん、あ、ほんとだ、いらっしゃった。」
 休憩室の入口から見えた人影に向かって、吾妻が軽く会釈をする。椅子に座っていた綾川も立ち上がり、同じ方向を向く。吾妻ルカは女性では決して背の低い方ではないが、一九〇cmは優にある綾川の隣にいると、それもまるで目立たない。
 二人の視線の先から、スーツを着た初老の男と、二十代後半と思われる、やはり地味なスーツを着た長い黒髪の女性がやってきた。男の方はこのフロアの主のような男、公安課長の杉田律雄であり、通路を行く職員も会釈をしていく。だが実のところ、職員たちの視線は課長ではなく、その後ろを歩く女性の方に吸い寄せられていた。切れ者だが堅物と評判の公安課長と、ふだん庁内では見かけない美女という、組み合わせの意外さもあるかもしれないが、その女性は確かに、どこか常人とは違う雰囲気を身に纏っていた。吾妻も一瞬見とれるが、しかし吾妻も綾川も、その女性とはもともと面識がある。
「課長、水原さん、こんにちは。」

更新日:2011-11-30 00:36:17

教誨師、泥炭の上。 【第四部】