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魔法

「何をする気だ。 どこへ連れて行くんだ!?」

そのご老人は、病院という慣れない環境で、ひどく不安だったのだろう。
先ほどから繰り返される言葉は、どんどんボリュームを増し、廊下に響きわたっていく。

「〇〇さん、さっきから言っているでしょ。 具合が悪いから先生に診てもらいましょうねって。
 ここは病院です。 周りに皆さんがいるから、静かにしましょうね。」

付き添いの施設職員らしき人も、同じ言葉を繰り返す。

「……何をする気だ! どこへ連れて行くんだ!!」

表情は険しくなるばかり……。
あの様子で、診察はできるのだろうか?
その場に居合わせた人たちは、きっとそう思ったに違いない。

「〇〇さん、診察室にどうぞ。」

ついに順番がやってきた。

「何をする気だ!! どこへ連れて行くんだ!!」

車イスのひじ掛けを固く握りしめたまま、ご老人は絶叫した。
どうなるのだろう? 大丈夫なのだろうか?
様子を窺いながら眺めていると、診察室の奥からドクターが、これ以上ないという程の満面の笑みを浮かべながら、


 『 〇〇さん、こんにちは。
   大~きな声が出ますね。 お元気そうですね。 』


そう声をかけたのだ。


その場の空気が一変する。 すごい……魔法がかかった。

ドクターのその言葉(あるいは笑顔?)をきっかけとして、二言三言をやり取りしていく内に、ご老人の表情はまるで別人のようにどんどんと和らいでいく。

そうして、診察は無事に終わった。

「じゃぁ〇〇さん、どうぞお大事にして下さいね。」
「先生、また来るからね。」

ご老人は手を振って、診察室を後にした。


医療従事者には日常茶飯事の、珍しくもない出来事だったのかも知れない。
しかし、そこに身を置いたばかりの私にとっては、本当に魔法のように思えた。

更新日:2015-11-15 20:45:09

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