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「八景島クルセイダーズ」第3話 旧友

新逗子行きの電車に乗り換えるため、金沢文庫で降りる。
雨はもう土砂降りとなっており、ますます気分が落ち込んでくる。
時刻はまだ18:30。
どうせ帰っても一人だ。
実家暮らしだけど、親父が福岡に転勤になった関係で、両親は九州にいる。僕の両親は50代の晩年夫婦には珍しく仲がいいのだ。
仕事のストレスか雨のせいか、さっきのメールの事もあるのかもしれない。
どこかでお酒を飲みたくなった。
最近、一人で飲むことが増えた。大人になったという事なのか、ただ淋しいヤツなのか。きっと淋しい大人になってしまったんだろう。
傘をさし、金沢文庫のアーケード商店街を歩く。むんむんとした湿気と熱気で商店街を歩く人達はみなうつむいている。商店街の中に一件カウンター席と数席のテーブル席しかない静かそうなバーがあり、前から気になってはいた。昔、よく通ったゲームセンターの居抜きだ。
レンガ作りの壁が人工の蔦で覆われており、どことなく入りづらい印象を受ける。
ガラス張りのドア越しに中の様子が見える。まだお客さんは1人もいなそうだ。
ドアを開けると、どこからともなく「いらっしゃい。」という声が聞こえた。
奥の方で、陰鬱とした気を纏った中年男性がイスに座っている。どうやらこの店の店主のようだ。
カウンターとイスはすべて木製で薄暗い白熱灯の照明の中でも手作り感が漂っている。
カウンター席は7席でテーブル席が一つ。店の両脇には棚があり、左側の棚には書物が、右側の棚には招き猫やらフランス人形やらが置いてあり、奇妙なほどに統一感がない。
カウンターに座り、モスコミュールを頼む。別に好きなわけではなく、ただあまりお酒を知らないのだ。
胸のポケットからキャスターマイルドを取り出し、ジッポで火を付ける。学生時代に浮気した彼女がくれたジッポだ。未練がましい。
店主は40代くらいのヒゲ面の男だ。肌が白いせいか妙にヒゲの生え際が気持ち悪い。
おでこにはシワ一つなく、髪はオールバック。
典型的な遊び慣れてない脱サラの中年男性のような姿だ。
僕もこうなるのだろうかと思うと、つくづく嫌になる。
「お待たせしました。」
モスコミュールとミックスナッツを僕の前に置き、そのヒゲ面は奥のイスに座った。
僕と会話する気は毛頭無いようだ。何か本を読んでいる。
「やれやれ。」
右側の棚には予想した通り、統一感のない書物たちが並んでいる。ディケンズに芥川、その隣には『企業とは』という題名の自己啓発本。
戦国絵巻のような本棚だ。
おそらく店主が読むだけ読んで整理せずにただしまっているんだろう。
ふとユキコからのメールを思い出す。
昨日の夜には「またあした。」というメールを受信し、先程、今度は「たすけて。」というメールが来た。
どういうことだろう。
中学卒業以来、メールのやりとりなど一度もしていない。
正確には、何度か送ったが、全く返事が来なかったのだ。
それを今更・・・しかも容疑者となってから突然、僕に何の助けを求めるというのだろう。
再び携帯を取り出し、メールの文章を眺める。
件名は無題。
ただ、内容に「たすけて。」と書いてある。
「またあした。」といい、「たすけて。」といい、久々の知人からの連絡にしてはひどく簡潔な文章だ。
5文字以内の文章というのは家族かあるいは、かなり親しい友人にしか送らないものだろう。
「今どこにいるんだ。」
という返信の文章を試しに入力してみた。しかし、少し悩んだ挙句、送るのをやめた。
タバコの火を消し、モスコミュールで口の中のヤニを洗い流す。
魔が差しかけた。何故自ら容疑者となった人物に関わらねばならないのだ。ましてや所在を聞くだなんてバカバカしい。
受信箱に画面を戻し、再び受信メールを眺める。
その時、僕は見てはいけないものを見た気がした。

更新日:2011-10-22 10:49:45