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小説

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「八景島クルセイダーズ」第1話 ナオヤ

雨の匂いがした。
空は灰色で、今の憂鬱な気分にはちょうどいい気がした。
誰でもできるような雑用や事務処理を終え、営業に外に出たが、月末で成績も目標未達が確定してる今、貪欲に営業活動に出るやる気も出ない。
そもそもこの状況でやる気を出せるようならとうに出世しているはずだった。
同期の酒田はすでに管理職になっていた。
体育会出身で仕事に対するモチベーションも入社当時から高い人間でどうも好きにはなれなかった。
今や酒田は同期だけでなく若手の出世頭として台頭し、リーダー風をふかし、我がもの顔で社内を練り歩いている。
もともと酒田とはウマが合わなかった僕は彼に媚びようともしなかったせいか、どうも彼に嫌われているようで、社内では居づらい環境下での業務を余儀なくされた。
いつからか同期飲みでさえ、誘われなくなり、会社で信頼できる人間はいつのまにか一人もいなくなっていた。
会社を辞めたい気持ちは山々だったが、次に働く先の予定も無いし、第一にこんな僕を中途で採用してくれる寛大な企業が存在するとも思えなかった。
出世など目指さずとも、仲間が居なくても、言われたことだけやっていればお金は貰える。
そう割り切って生きて行くことに僕は決めていた。
ポツリポツリと雨が降りだし、コンクリートからは嫌な匂いがし始めた。
この匂いは昔から苦手だった。
コンクリートの道路に帯びた熱が雨に反応し、湯気とともに放つ夏の匂い。
学生時代に付き合っていた子の浮気現場を発見してしまった時も同じ匂いがしていた。
夏の雨にはろくな思い出がない。
傘をコンビニで買い、すぐに家に帰ることにした。
僕一人が仕事をサボって家に帰ったところで会社には何も影響は無いだろう。
僕が営業に出ていることすら会社の人は忘れているかもしれない。
必要とされてはいないのだ。
「やれやれ」
最近、溜息が増えてきた。
疲れているのか歳なのか。
昔はそれなりに仲間もいたし、仲間に必要とされていたと思う。
いつからかどうしてこんなに惨めになったんだろう。
新江古田の駅から大江戸線に乗り、大門へ、浅草線で泉岳寺に向かい、京浜急行に乗り換える。
通勤時間は長いが、僕はこの時間が好きだ。
ラッシュ時であろうと音楽を聴いたり、くだらない事を考えたりと僕なりに有効的に活用できる大切な時間だからだ。
僕は電車に揺られながら昔の仲間たちとの思い出に耽っていた。
ふと昨日の深夜に受信したメールのことを思い出した。
新宮ユキコからだった。
中学時代に僕の一方的な片思いのまま、離れ離れになったユキコとは一切連絡など取り合っていなかった。
突然のユキコからのメールに戸惑った僕はその内容にもっと困惑させられた。
「またあした。」
とだけ書かれたメールはなんだか妙に気味が悪く、返信はしなかった。
おそらく宛先を間違えたのだろう。
しかし、そのメールの謎は今朝になり、より不可解なものとなり、もはや迷宮入りと言っても過言ではなくなってしまった。
今朝、布団から起き上がり、足元に転がるリモコンでテレビをつけると、住み慣れた町が映像に映っていた。
寝ぼけながらに興味深くそのニュースを聞いていると知った名前が映し出され、大人になった彼女の写真が映っていた。
行方不明だった。
ニュースによると彼女は35歳の会社員と同棲していたが、今朝未明、男が死亡しているところを発見され、さらに彼女が行方不明だという。
新宮ユキコはすでに容疑者となっていた。
この26年間で知人に容疑者がいたことなどなかったので、なんだか悲しいというより、少し渦中にいるような錯覚を覚え、複雑な気分になった。
しかし、昨夜のメールはより一層不可解なものとなった。
一体誰に向けて送るつもりだったのか。
さすがに容疑を疑われている人間に今更、「宛先違わない?」なんて送れるわけもない。
僕は浅草線に揺られながらそのメールをただ眺めていた。
泉岳寺に着き、京急戦に乗り換えるためホームを降りた時、先ほどポケットにしまった携帯が震えた。
『どうせ会社だろう無視しておけ』と自分で自分に言い聞かせ、エスカレーターに乗る。
雨で湿気はひどく、シャツには汗が絡みついてとても気持ち悪い。
携帯の震えが止まったところで、再びポケットから取り出し、誰からの連絡か確かめるため携帯を見た瞬間、僕は思わす声を出しそうになった。
新宮ユキコからの再びのメールだった。

更新日:2011-10-22 10:45:55