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小説

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一人じゃ寂しい

「たまにはご自分でやられたらいかがです?」
うんざりとした京介の声が聞こえて、僕はリビングを振り返った。
家にいるときは常に電源を切られているのが常識、と言い切る京介に業を
煮やしたのだろう。電話の主は家の固定電話にかけてきていた。
「一刻を争っているのは理解できますが。私でなくてもよろしいのでは?
ああ・・・フランス語を解するのが私しかいないと。それは理解できますが、
では、まず、なぜ貴方が理解できると豪語して引き受けたのですか」
ハー・・とあからさまな大きなため息。僕はキッチンのダイニングテーブルで
本を読みながら、火がかかっている鍋を見つつ、耳を傾けた。
京介がこんなしゃべり方をする相手というのは、間違いなく彼の研究室の
教授だろう。
どうも、京介の研究所の教授というのは、天才、つまり京介のことだけど。
を、手中に収めたという(僕には収まっていないように見えるのだけど)自慢の
気があるらしく、自分のキャパシティ・オーバなことも、こうして度々、
引き受けては京介を困らせていた。
「もう引っ込みがつかない?それは私のせいでありませんでしょう。ご自分の
研究のためですから。は?私の研究はイコール、きみのため?いつからでしょう。
まったくそのような利得に預かったことはありませんが」
強烈な嫌味を京介は淡々と言っている。京介がいるというお陰で、医学部から
初の学部長選挙に立てることになった教授は、受かりもしないうちから、京介を
手足のように使っているらしい。
「私はもう家で寛いでいるのですが。特に貴方のような存在の必要性はここには
全くなく」
確かに、京介は家に帰ってきたばかりだった。部屋着に着替えて、ソファーに
座った瞬間に、この電話だ。
ちなみに、まだ僕と「おかえり」以外の話もしていない。強烈な嫌味を述べながら
チラリチラリと僕を見ては目だけで微笑んでいる。言葉と表情のギャップが物凄く
激しい。
「は?もう時間ですか。仕方ありませんね。ええ、こちらでなんとかします。
録音と録画?もう時間ですよね、先に失礼します」
教授の返事も聞かずに京介はガチャンと乱暴に電話を切ると、その足で真っ先に
僕の元に駆け寄ってきた。
「ユウさん、申し訳ありません。少し仕事をしてもよろしいでしょうか。野暮は
充分に承知の上なのですが」
イスに座っている背中から僕を抱きしめて、京介が辛そうに言った。僕は読みさしの
本に栞を挟んで、首を回して京介を見た。
「先に食事になさっていてください」
「時間かりそうなの?」
「症例をこの目で確かめませんとなんとも。ケニアでこれから行われる手術の
助手です。オンラインによるものですので自宅でも可能です。教授の話を聞く限り
そんなに時間のかかるようなことでもないのですが」

更新日:2009-01-10 22:01:09