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ゲッショク

 狼男が天体観測なんて話聞いたことがない。絶対避けねばならぬことを、あえて自分からやろうだなんて、どうかしている。いや、自分からやろうはずもない、まさか狼男の女が月に興味を持ちだすなんて、偶然としてはできすぎてはないか。なんかこう、仕組まれている感じがしてならないが。
 もともと月を見るなんて習慣、いったい誰がはじめたというのか。そもそも月を美しいだなんて発想、どうやったら思いつくんだ。俺からしたらただの丸い地面が、淡く、薄気味悪く光っているだけなんだが。
 いや、もっとたちの悪いのは月蝕観察だ。月を観察することが物を観察することだというなら、月蝕を観察するとは穴を観察することではないか。ないものを観察して、なんとも気違い沙汰だ。そもそもいつでも見られる月を、どうしてなくなろうとしている時に見たがるのだろうか。それに「月がないこと」は月を見ているとき以外、四六時中見ていることではないか。
 いや、こんなこと屁理屈だなんて自分でもわかっている。「月蝕」は観察する対象ではなく、現象を観察しようとする欲求だろうが。現象への欲求、つまり時間と宇宙への所属。存在ではなく、現象を共有することで、宇宙への憧れと同化しようという試み。私たちが身を投げ出すのだから、あなたからも少し憧れを与えてちょうだいという自惚れ。
 確かに俺も一つの個人として、社会に所属したいという想いくらいあるさ。しかしなんだ、こいつらのやっていることは羨望への所属、まさに自分への所属という、本末転倒もいいところである。
 もとはと言えばS子が悪いんだ。あいつが俺の女を誘って貼り合わせのようなプラネタリウムに行ったり、天体望遠鏡の豆粒ほどのちっぽけな穴をこれ見よがしにのぞかせたりするから悪いんだ。それに俺の女だって少しも疑うことなくありきたりの興味深げな目を輝かせているんだ。どうしてもっとまともになれねぇんだ。
 特にあきれるのは何千年も語り継がれているあの種の話である。作り話を読む方も読む方だが、作り話を書く方も書く方である。そんな神話めいた長話を書いたやつは、きっと何かにとらわれてしまっているんだ。そして彼らはとらわれてしまった自分にも気づいていないんだ。
 それでもいいじゃないか。勝手に楽しんでれば。幸せで何よりなこった。だがそれで人を巻き込むっちゃあどうかしている。
 俺だって断りたいが、断ったらそれで疑りを掛けられてもごめんだ。誘った時点でそっちに責任があるんだ。俺は眼をきょろきょろさせることも、唸り声をあげることもできずに、即答で返事をしなければならないじゃないか・・。

更新日:2011-09-26 22:52:28

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