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挿絵 640*480

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「ねぇ、聞いてもいい? 本当にここに住んでるの?」
 公園を抜けた二人は反対側に位置する場所にたどり着いた。
「住ンデル」
「ふーん、でもここってさぁ、何かの倉庫だよね」
「イエス。デモ今、誰モ使ッテナイ。コノ上ニ、ミーノ部屋アル」
「えーっ、この上って屋根裏じゃない」
「イエース。狭イ、デモ家賃ガ安イ」

「なーんか私、不安になってきちゃったな」
「不安ナイ。住メバ都」
「ジョナサンってさぁ、本当に変なこと知ってるよね」
「ミーノ、グランマ…オ祖母チャン、日本人デス」
「あー、おばあちゃんに教えて貰ったんだ。だから上手いのね、
日本語」
「ソウデス」
「おばあちゃんは日本にいるの?」
「ソウ。デモモウイナイ。死ンダ」

「…そう…じゃあ、お父さんと、お母さんは?」
「ミーガ生マレテ、スグ二人トモ死ンダ…」
「あ…ごめんなさい。私…」
「謝ラナクテモイイ。ミーハ一人ダ、デモ今ハ絵ガアル」
「え? 絵って言ったの?」
「そう。絵を売って生活しているのだ」
「ふーん、ジョナサンて偉いのね」
「コノ鍵ハ、オ祖母 チャンノ形見ナノダ」
「そうなんだ…わっ!何よ、この部屋」
「ミーノアトリエダヨ」
「すっごーい。これさー全部油絵でしょ?」

 ジョナサンがアトリエと呼ぶその部屋には、さながら画廊の
倉庫のように所狭しと絵画が並べられ積み上げられていた。
「すごい、すごい。ジョナサン絵、上手いねー」
「ユカ、ドレガイイ? 一枚アゲルヨ」
「ええっ! 本当にいいの? 貰っても」
「二度モ助ケテモラッタ。ソノオ礼ダ。」
「うん。じゃ、遠慮なく。どーれにしようかなー? 神様の
言うとおり、と」
 縁を切ったはずの優香が、ちゃっかりと神の手を借り絵を選んで
いる。

「…」
「風景画が多いよねー。あっ、これがいいかな」
「ソレハ、オ祖母チャンノ田舎デ描イタ」
 6号のキャンバスに描かれたその絵は中央奥から手前に川が流れ、
両側からは木々が覆い茂るように描かれている。
 自然の中の優しさと、力強さを融合させた見事な描写に優香は
魅かれていた。

「そっか、じゃこれ貰っちゃ悪いよね」
「悪クナイ。ユカニ、ソレアゲル」
「本当? ホントにいいの?ラッキー!この絵、なんか気に入っ
ちゃったんだな」
「ミー、絵ヲタクサン描ク。デモ売レナイ。誰モ見テクレナイヨ。
ユカ喜ブト、ミーモ嬉シイ」
「ふーん、ジョナサン絵描きさんだったのね。そっかぁ…ねぇ他の
絵も見ていい?」
「モチロン」
「ほんとに沢山あるよねー。ねぇー、この気味の悪い絵はなーに?」

 その絵はまだ完成してはいないようだった。
 蛸(たこ)を思わせる頭部には鋭い目を備え、しかも驚くべき点は
軟体動物がもつ特有の触腕にそれぞれ鈎爪(かぎつめ)を容して
いる事だ。

 背中に黒々と艶を放つ羽根が生えている事などから、この得体の
知れない生物が空想上のものであることは容易に察しがつくが、
不気味と呼ぶなら、これ以上の絵は他に類を見ず、あたかも知性を
持った異形の生物は、今まさに優香に飛びかかろうと機会を狙って
いるようにも見える。

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更新日:2015-06-27 11:23:23

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