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 長い長い時間が混沌と流れる。
 優香の呼吸も心臓も止まったままだ…3人は口にこそ
出さないが、全員優香の死を確信していた。
 薄明かりの下で、優香の血色も失せていくのが分かる。
 十代の輝くような肌から生気が消えた。

「…耕平、どうだ? こんな時に、こんな言い方したくはないんだが、
お前さえよければ…そろそろ出ないか? もちろん、お前が…その…
もう少し落ち着いてからでも構わないんだが」
 健二が重い口を何とか開いて耕平に伺いを立てる。

「くすん…優香ぁ…」
 麻梨は相変わらず、止まらぬ涙を拭い続けていた。

「そうだね。まだ何か分からないし…それじゃあ、俺…冴木さんを
おぶって…んっ!?」
 耕平は優香の首筋がピクリと震えたのを見逃さなかった。
「麻梨っ…悪い。もう一度、冴木さんを照らしてくれないか? 今、
動いたような気がしたんだ。見間違いかもしれないけど…」
「ホント? うん、分かった」
 2人のライトが当たると同時に、優香の身体に思いも寄らぬ反応が
現れた!

「ひゅーーっ、うっ! けほっ…ごほっ!ごほっ」
 水中で長時間、呼吸を止め苦しくなって浮上した時のような声を
発しながら、優香は息を吹き返した。
「さ、冴木さんっ! 生きてたんだね!? 良かったー!」
 感極まった耕平が、優香の身体を強く抱きしめる。

「優香ーっ! よかったよー。もう死んだと思っちゃったんだからー。
うわーん」
 息を吹き返したというのに、どっちみち泣き出す麻梨であった。
「ああ、本当に良かったな。耕平、お前の保健の点数は100点だ。
実技だけはな」

「く、苦しいよ。沢本君…」
「あ、ゴメン。もう何ともない? 痛い所とか無いの?」
「え? う…ちょっと首が痛いかな? 何かあったの?」
「覚えてないの? アイツが冴木さんを襲ったんだ」
 傍に倒れている化け物の足を指差した。

「きゃっ! だ、誰なの? アレ…」
「誰っていうか、得体の知れない奴だ。よく分からない。冴木さんを
絞め殺そうとしてた。健さんと俺で何とか倒したんだけど、冴木さんは
気絶しちゃって、息はしてないし、心臓も止まっちゃって死んだかと
思ったんだよ」
「私の心臓止まったの?」
 優香が自分の胸に手を当てて確認する。
「そうだよ。ホントに大丈夫? もちろん今は動いてるよね?」
「動いてるよ…よく覚えてないんだけど…そういえば後ろから首を
絞められたわ。思い出した。ねぇ、あの足、何? 人間じゃないの?
死んでるの?」
 干からび変色し、至る所に皮の捲れ上がった足を見て聞いた。
「分からない。後で村の人に調べて貰おうよ」

「もうー、優香ぁ。耕平が心臓が止まったなんて言うから、すっごい
心配したんだからね」
「ごめんね、麻梨。みんなも心配させちゃって、ごめんなさい」
「とにかく何とも無いんなら出ようぜ。俺の方も回復したしな」
「健さんは、冴木さんを助けるために戦ったんだよ。凄かったんだ」
 耕平は優香の元気な姿を見ていると、急に饒舌になっていった。
「有難うございました」
「いや、俺よりも耕平に礼を言うんだな。人工呼…」
「健さん! シーッ!」
 慌てて自分の口に指を当て、言葉を中断させた。

「どうしたの?」
「いや、なんでもないんだ。それよりも、立てる? 帰ろうよ。
忘れ物はないかな?」
 耕平は赤面しているであろう顔を隠すように、キョロキョロと
見回している。
 優香と自分のリュックを拾って、出口の方へと向いた。
(あれ? ドアって閉めてたんだっけ?)
 スライド式のドアは、しっかりと閉じられている。


「さっきのヤツ、ドコから来たんだろう?」
 階段に一歩、足を乗せ言った。
「知るか。それよりみんな、忘れ物すんなよ。帰るぞ」
「はーい」
「オッケー」
 背後で健二が呼びかけ、女子がそれに答えた。

 ライトを持たない耕平の右手がドアの金属の引き手部分に触れる。
(何だ? 暖かい…どうして冷たくないんだろう?)
 ガチャッ、ガララ
 ドアの下に取り付けられたレールの上を車輪が移動した。

「うわーっ!! 熱っ!」
突如、僅かに開かれた隙間から熱風と炎が入り込んだ。
「危ないっ!耕平、早く閉めろっ!」
 ガララ、ガチャリ
 再びドアが閉められると、今の一瞬の明るさは何だったのかと思い
知らされた。

「火事だ…館が燃えてるんだ…」
「ちょっとぉ、嘘でしょー」
「誰かが火を付けたのか?」
 健二の質問に耕平は、もしやジョナサンかとも思ったが、ここでも
口に出すのを控えた。
「みんなで一気に走り抜けて出れないかしら?」
「冴木さん、無理だよ。今の炎、見たでしょ? すでに館の中は
火の海だと思う。それに、出口までは曲がり角が…3箇所。全員、
立ち止まらず玄関まで突っ走るなんて絶対に不可能だ」
 だが実は耕平の不安は、もう一つあった。それは玄関が固く
閉じられていた時の対処だ。

更新日:2015-08-01 18:20:39

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