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「結局、解明しないままね」
「もっとも嫌なパターンだよ。こっちまで眠れなくなりそうだ」
「ねぇ、その背表紙の白い本…Diaryって書いてない?」
 優香がペンライトで光を当てたその場所に、本と棚の隙間を
埋めるように横へ差し入れた一冊の本が見える。
「ホントだ…気が付かなかった。どれどれ…あ…こ、これは…」
 慎重に取り、表紙を捲った途端、耕平の眉が釣り上がった。

「怖いこと、書いてる?」
「うん…殺害日記だ。当日の夜、もう書いたんだよ」
 ざっと速読し答えた。
「じゃあ、やはり自分の子供を殺してしまったのね…」
 優香も麻梨のように耕平の腕にすがる。
「聞くのが嫌だったら声に出して読むの止(や)めるけど」
「大丈夫。怖いけど…気になるもの」
「うん、じゃ最初から読むよ?
『私は、この日のことを一生忘れることは無いだろう。今も
氷のように冷えきった身体中の震えを何とか押さえながら、
これを書いている。私は夜、子供達が来る直前まで自問自答を
繰り返していた。例えどんな言い訳めいたことを言おうと人を殺せば
犯罪。私は自分の子とはいえ2人の子を殺し平気な顔で生きて
いけるのか。
 両親やロバートのように自殺するか。人目を避け、この家で余生を
送るか、海外にでも渡るか、答えの出ないままついに夜を迎えた。
だから、準備を整えていたものの決行出来るか、再び自信が
揺らいでいた。深夜、いつものようにインタフォンが鳴る。
私の足はガクガクと不自然な動きをしていたが、何とか
悟られないように玄関のドアを開けた。そして私は、この時に
運命が決した。驚いたことにマリーは赤子を抱いていた』
冴木さん、これ…」
 耕平が読むのを中断して優香に声をかける。

「その子がジョナサンね」
「たぶん…」
「お願い。続きを読んで」
「分かった。
『まるで気が付かなかったがマリーは妊娠していたのだ。以前、
あの化け物の子のような赤子を産み落とした時も気付かなかった。
十月十日で産むこともなく、また腹を膨らませる事もない。
恐ろしい。私は気が狂いそうになった。だが、その腕の中で
眠る赤子を見たとき、私の感情に変化が現れた。その安らかな
寝顔は天使のようだった。以前のように魚だか虫の幼虫だか
分からないような身体ではない。目の覚めるように白く
スベスベの肌、柔らかそうに揺れる産毛、紅葉のように小さな手を
見ていたら私の運命は決定付けられた。この子は私が育てる。
その為には、やはりロニーとマリーは邪魔だ。〔殺す〕の二文字が
矢のように脳裏を突き抜けた。もはや悩んでいる暇など無い。
足の震えは止まっていた。私は赤子を抱いた。すごく軽い。
小さな生命が私の腕の中で息づいている。愛しくて堪らない。
すぐにでも暖かい風呂に入れ身体を洗って可愛い服を着せたかった。
だが、その前に私にはやるべき事があった』
いよいよか。ふぅー」
大 きな溜息を漏らした。

「ごめんね。嫌なとこ読ませちゃって」
「大丈夫。続けるよ。
『2人はすぐにテーブルについた。予定通り、前もって仕込んでいた
鍋に毒を入れる。
裏の畑で使う農薬だ。以前、テレビで人を殺した犯人が同様のものを
使ったと聞いた事がある。非常に毒性が高く今では簡単に買うことは
出来ない物だが、父が生前、使っていたのを覚えていた。
劇薬特有の鼻を突く強烈な臭いがするが、極度に辛い
味付けと料理の臭いで誤魔化せそうだった。
料理の間、私はずっと考えていた。いつ産んだのだろう? 
生後2、3ヵ月に見えた。もしかしたら子供が生まれたので、
帰ってきたのかも…では最初から私に預けるために? ならば、
2人を殺す必要はないのかも…いや、駄目だ。生きていれば何も
終わらないし、何も変わらない。躊躇しては駄目だ。この料理を
食べさせなくては。私は、激しく自分に言い聞かせ、出来上がった
料理を急ぎ皿に盛った。
よほど腹を空かせていたのだろう。2人はあっという間に平らげる。
数分後、恐ろしいことが起きた。2人はテーブルの上で、
もがき苦しみ床に倒れた。
口からはゴボゴボと血の泡を吹き出し、喉を掻き毟(むし)った末、
動かなくなった。死んだ。私が殺した。自分の子を』
……」

「大変な事を知っちゃったね」
「うん、でもこれで謎は解けた。双子は自分から森へ入り1年後
帰ってきた。そして、その手には赤ん坊が抱かれていた。それが
ジョナサンだ。きっと千枝さんは、この後、この子とアメリカに
渡ったんだろうね。それで全ての話しが繋がったよ」
「もう何も書いてないの?」
「いや、もう少しだけ書いてある。でも…その後は白紙だね」
 真っ白な頁がすごい勢いで送られる。

「残りも読んでもらっていい?」
 館での出来事を、ほぼ把握した二人が残された最後の頁に目を
通そうとしていた。

更新日:2015-07-23 16:17:14

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