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挿絵 308*231

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 軽い昼食を終えて一息ついた二人は、残ったお茶を飲みながら
視線を車窓に移していた。

「海が見える…」
「え? ドコ?」
「ほら、沢本くん…あそこ…あれ、海だよね?」
 優香が指をさして示すと、向かいに座っている耕平は眼前に広がる
風景に目を細めて凝視し答えた。

「本当だ。もうこんな所まで来たんだ」
 太陽は依然高く、夕闇が迫るには早すぎる時間だが、海が見える
という情景が二人の気分を落ち着かせた。

「…海って、じっと見てると不思議な気持ちになるよね」
「うん。人類が…いや、地球上の生き物の全てが、この海で生まれ、
やがては死んで海に還っていく。そういった事がもう何万年も繰り
返されているのに、海はいまだに未知数のままなんだ。きっと
この先もずっと海は、永遠に海のままなんだろうな」

「沢本くんって、いつもそうやって物事を客観的に論理的に
考察するよね」
「そう?…そうかも。じゃあ、冴木さんは海を見てどう思う?」
「私? 私はね、言葉では上手く言えないけど…あったかいもの…
かな?」
「暖かいもの?」

「うん…子供の頃、例えば悲しい事や恐い事があって泣いてると、
お母さんが抱っこして、あやしてくれたでしょう? あんな感じ」
「人間の血液は、塩分と水分の割合が海水に近いそうだよ。
…それと、あと…女性の生理も、潮の満ち引きに関係があるって
聞いた事がある。冴木さんが海に魅力を感じるのも、人間本来の
本能なんじゃないかな」

「ふふふ」
「あれれ? 俺、何か変な事言った?」
「ううん、別にー」
 耕平は首を傾けながら再び視線を外の景色に移すと、頬杖をついた
優香が小さな声で歌い始めた…。

「最後の船が私を乗せて動き出す

天空プラネタリウムに謎の文字

遙かな宇宙(そら)から流れて消えた

次空の狭間にあなたは眠る

海に降る雪 積もらない

掌(てのひら) 合わせて結ぶ時

夢の扉が いま開く

目覚める時だと人は言う

行き場を無くした魂」

「すごい歌詞だね。誰の歌?」
 耕平は優香が歌っている間、何度も聞こうと口を開きかけたが、
そのあまりに興味深い歌詞に耳を奪われていた。

「分からない…憶えてないけど…子供の頃、流行った曲じゃないの
かなー」
「そう? 今、初めて聞くよ」
「本当に? 本当に沢本君、この歌を知らないの?」
「うん…知らない」
「なんで私、こんな歌覚えてるのかしら? お母さんに子供の頃、
聞かされたのかなー?」

「子守唄にしては難しい内容だよ」
「そうだね…」

「海に降る雪…か。言葉通りの意味なのか、それとも深海の
プランクトンの死骸が沈んでゆく様を詩(うた)ったのか。
どっちにしても歌詞っていうのはダブルミーニングが多いからなー。
作った人に聞いてみないと分からないか…」
「ダブルミーニングって?」

「一つの言葉で二つの意味を持たせるんだ。メッセージ色の濃い歌に
使われる事が多いよ。あえて重要な部分を隠す、という時の手法でも
あるけどね」

「そう…」
「何て言うか、すごく謎めいた内容だしね。クトゥルーのことを
詩った歌だって言ったら、考えすぎだって又、麻梨に怒られるん
だろうな」


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更新日:2015-07-11 16:23:29

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