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小説

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「さっき、あんなの…あったっけ?」
 裏口ドアの脇に、ひっそりと置かれたイーゼルを指さし耕平が
言った。
 イーゼルと言っても極めて質素なもので、細い角材を三脚のように
組み、さらにキャンバスを置けるよう、1本横に打ち付けて
あるだけの物だった。

「私が上がってきた時は、あったと思うけど…」
 麻梨が答える。
「俺、ぜんぜん気が付かなかったなー。冴木さんは?」
「うん。気付かなかった。でも、それは多分、私たちが中の階段から
上がってきたし、それに部屋の中とか他の事が気になって、目に
入らなかったんじゃないかしら」

「まぁ、いいか。別にお化けが出たわけじゃなし」
 耕平は歩み寄り、イーゼルに掛けられたキャンバスを手に取る。
「なんのことはない、ただの油絵だよ」
 二人に向け、絵を見せた。
「ずいぶん前にジョナサンが描いてた絵だわ。でも…なぜ、この絵も
ここに…」

 その絵は単なる風景画に見えた。
 切り立った崖っ淵を思わせる岩肌を離れた場所から、
やや見上げるように描かれている崖…の上からは行き先を無くした
水流が滝となって流れ落ち、下に溜まった水は本流となって川を
作り出し、手前に流れてきている。

「ん? 何故、ここだけ黒く塗られてるんだろう?」
 耕平は滝の流れる脇に描かれた、その部分を不思議そうに
見つめていた…。
(誤って汚したのかな…それとも鳥の巣穴? にしては大きすぎるか…)

「ねー、耕平、いつまで見てんのよ? 帰らないの?」
 業を煮やした麻梨が言った。
「ああ…そうだな。出ようか…」
「あっ、ちょっと待って!」
 優香は、イーゼルに巻き付けられた細い鎖のようなものを発見
した。

「何だ、それ…ネックレス?」
「鍵が付いてるみたいね。この部屋の鍵じゃないの?」
「これ…ジョナサンの鍵…そうだ! 確か、おばあちゃんの形見だって
言ってた…やっぱりジョナサンの身に何かあったんだわ」

「どうして、そんな大切な物が、ここに巻き付いていたんだろう?」
「…分からない」
「ちょっとぉ、やめてよ。恐いじゃない! こんな不気味なところ早く
出ようってば」
 麻梨が優香の手を取ると、出口へと身体を向けた。
「ちょ、ちょっと待って! でも、この鍵どうしたらいいかしら?」

「持ってれば? あの外人がいなくなったとは限らないし、
冴木さんが持ってるんだったら問題ないと思う。あとで理由
(わけ)を話して返せばいいさ」
「そうね…じゃ、私持ってる」
 鍵の付いた鎖をイーゼルから外し、持ってきた荷物を手に取ると
麻梨とともに階段を降り始めた。

「でも、惜しかったよな」
 ドアを閉め、二人に続いて降りながら耕平が言った。
「何が?」
「例のクトゥルーの絵さ。あれが残ってたら俺、絶対に持って
帰るのにな」
「えー、あの気味の悪い絵? やめてよー、あんなの家に飾ってたら
毎晩、恐くて眠れないわよ」

「あの絵もそうだけど、あんなにあったキャンバスが一晩でどこに
いっちゃったのかしら?」
「そうなんだよなー、不思議だよなー」
 3人は、もうアトリエとは呼べない屋根裏に別れを告げ倉庫を
離れた。

「ねー、ねー、せっかくだからさー、どっかでコーヒーでも
飲もっか?」
 ジョギングや犬の散歩などで人数を増やした、公園を横目に
麻梨が言う。

「それも、そうだな。旅行の計画もあるし」
「商店街のバーガーショップならもう、開(あ)いてるんじゃない
かしら」
「優香、当然あんたの奢(おご)りだよね?」
「ええーっ?」
「朝から呼び出した罰よ」
「俺、何にしようかなー。ダブルバーガー食っていい?」
「いいわねー。私もそれにしようっと」
「うっそーっ」

 3人はこの日、正式に旅立ちを決意した。
 しかし、これが彼らにとって運命の決断になろうとは、この時点では
まだ誰も予想だにしなかったのである。


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更新日:2015-07-04 19:01:26