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長い長い眠りの後、耕平は目覚めた。
矢で突き刺され、えぐられるような激痛が身体中を襲う。加えて
極度の疲労は耕平に叫び声を上げさせることも許さなかった。
おそらく肋骨も数本、ひびが入っているのだろう。
骨折に加え、打撲と裂傷が耕平を生き地獄へと導く。
そんな中で耕平は2度目覚めた。
最初に目を開けた時は川岸に打ち上げられていた。
その時は、すぐに意識が遠のいた。ただ遠い川岸に人影が見えた
気がした。
それが誰か、何者か分からないまま痛みで気を失った…。
そして今、再び目覚めた。
自分は何か揺れるものに乗っている?どうやら小さなボートの
ようだ。
目を見開いて見ようと努力した。
目の中が血で滲んでいる…映るものが全て赤いフィルターを掛けて
いるようだ。
痛みが一瞬消えた気がした。それは錯覚に違いない。だが驚くべき
ものを目の当たりにし、痛みを忘れたのは事実だ。
魚人が水中から上半身を出し、ボートを押している。
(これは…どういう事だ?)
『深き者ども』のなりそこない、不完全な半魚人、インスマスの港に
棲むという忌まわしくも呪われた魚人…。
それは皆と一緒に見た例の双子とも違う…。
驚きはさらに続いた。ボートの先端部に頭を向けて横たわって
いるのは優香だった。
耕平は、それとは逆向きに横たえられ、調度優香とは両足が
重なり合うような形で乗せられていた。
その優香に向けて魚人が手を伸ばす。
(何をする気だ…?)
魚人の手は優香のポケットから、はみ出した写真を抜いた。
写真を見、次には優香の長い髪に触れ優しく撫でた。
気を失ったまま、夢でも見ているのだろうか? 目覚める気配は
無い。
「ユ…カ…」
そう聞こえた気がした。それは人間の声であろうわけがない。
喉の奥でグルルという気味悪い音の混じった濁声だ。
聞き間違いだと思いたかった。だが耕平は驚きを声に出して
しまった。
「あ…」
魚人は消えた。
どこに行ったのか? 幻影でも見ていたのか…。
耕平は考えた。とても短い時間に多くのことを回想し、そして
結論を出した。
(ジョナサンは俺達が洞窟に入ったとき「生贄には処女の血だ」と
言った。この場合、処女とは麻梨の事だろう。何故なら
ジョナサンは冴木さんを殺そうとはしなかった。生贄は麻梨
なのだ…)
(何故? 何故、冴木さんが必要なんだ? 血が混じってるのか?
待てよ…地下室で彼女は千枝さんに襲われた…千枝さんは本当は
ジョナサンが来るのを待っていた筈。冴木さんを襲ったのは
偶然じゃなかったのか…。そうか! 血の匂いを嗅ぎわけて
襲ったんだ! あんな姿になってもまだ血を絶とうと懸命に…)
(冴木さんは森に入ると身体が冷えると言っていた。皆が走って
汗をかいている時に? 覚醒が始まっていたのだろうか?
まだ20歳にもなっていないのに?)
(…やはり冴木さんは、あの時…地下室で一度死んだ…そして体内
で急激な覚醒と拒絶反応が同時に始まった。…人工呼吸も心臓
マッサージも効かず自ら蘇生した。…そうだ、思い出したぞ。
麻梨とライトで冴木さんの首を照らした時、あんなにクッキリと
残っていた痣も消えていた。一瞬おかしいと思ったけど、
冴木さんが生き返ってくれたことの喜びで忘れたんだ…)
(だったら、血はいつ入った? 冴木さんは何度もジョナサンの
アトリエに行っている。なら可能性はゼロじゃないか…おそらく
短い間に二人は急速に接近したのかも…だとしたら、もしや…
彼女のお腹の中には…)
耕平の中で解けなかった謎が解明し、ついに点と線が繋がった。
同時に耕平は自分が、しなければならない事も確信した。
右手は骨折していて動かない。苦痛で顔を歪めながら左手で
サバイバルナイフを抜く。
(くっ、さっき魚人が愛でていた理由もそれだったか…)
不安定なボートの上に立つ事など不可能だ。
だが、やらなければならない。せめて上半身を起こすだけでも
やってみようと試みた。
ナイフを握り締める。
耕平の狙いは彼女の喉元だけなのだ。
半身を起こすという簡単な動作が、耕平には死ぬ事より辛く
感じた。
(首を落とさなければ…駄目だ…こんな短いナイフじゃ駄目か…
健さん、麻梨…こんな事になってしまって…でも、俺ももう…)
「うっ! げふっ!」
ゴボッ
口の中に溜まっていた血が唾液と共に吐き出され、さらに首筋を
流れ赤い筋を引く。
残された最後の力は握ったナイフに込められた。
(冴木さん…好きだった…ごめん…)
川を覆う木々の葉がざわめき、鳥たちが一斉に飛び立っていった。
一陣の風が耕平の背中を押すと、ゆっくり優香の上へと倒れて
いった。
2人を乗せたボートは川の流れに乗って、下っていく…。
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長い長い眠りの後、耕平は目覚めた。
矢で突き刺され、えぐられるような激痛が身体中を襲う。加えて
極度の疲労は耕平に叫び声を上げさせることも許さなかった。
おそらく肋骨も数本、ひびが入っているのだろう。
骨折に加え、打撲と裂傷が耕平を生き地獄へと導く。
そんな中で耕平は2度目覚めた。
最初に目を開けた時は川岸に打ち上げられていた。
その時は、すぐに意識が遠のいた。ただ遠い川岸に人影が見えた
気がした。
それが誰か、何者か分からないまま痛みで気を失った…。
そして今、再び目覚めた。
自分は何か揺れるものに乗っている?どうやら小さなボートの
ようだ。
目を見開いて見ようと努力した。
目の中が血で滲んでいる…映るものが全て赤いフィルターを掛けて
いるようだ。
痛みが一瞬消えた気がした。それは錯覚に違いない。だが驚くべき
ものを目の当たりにし、痛みを忘れたのは事実だ。
魚人が水中から上半身を出し、ボートを押している。
(これは…どういう事だ?)
『深き者ども』のなりそこない、不完全な半魚人、インスマスの港に
棲むという忌まわしくも呪われた魚人…。
それは皆と一緒に見た例の双子とも違う…。
驚きはさらに続いた。ボートの先端部に頭を向けて横たわって
いるのは優香だった。
耕平は、それとは逆向きに横たえられ、調度優香とは両足が
重なり合うような形で乗せられていた。
その優香に向けて魚人が手を伸ばす。
(何をする気だ…?)
魚人の手は優香のポケットから、はみ出した写真を抜いた。
写真を見、次には優香の長い髪に触れ優しく撫でた。
気を失ったまま、夢でも見ているのだろうか? 目覚める気配は
無い。
「ユ…カ…」
そう聞こえた気がした。それは人間の声であろうわけがない。
喉の奥でグルルという気味悪い音の混じった濁声だ。
聞き間違いだと思いたかった。だが耕平は驚きを声に出して
しまった。
「あ…」
魚人は消えた。
どこに行ったのか? 幻影でも見ていたのか…。
耕平は考えた。とても短い時間に多くのことを回想し、そして
結論を出した。
(ジョナサンは俺達が洞窟に入ったとき「生贄には処女の血だ」と
言った。この場合、処女とは麻梨の事だろう。何故なら
ジョナサンは冴木さんを殺そうとはしなかった。生贄は麻梨
なのだ…)
(何故? 何故、冴木さんが必要なんだ? 血が混じってるのか?
待てよ…地下室で彼女は千枝さんに襲われた…千枝さんは本当は
ジョナサンが来るのを待っていた筈。冴木さんを襲ったのは
偶然じゃなかったのか…。そうか! 血の匂いを嗅ぎわけて
襲ったんだ! あんな姿になってもまだ血を絶とうと懸命に…)
(冴木さんは森に入ると身体が冷えると言っていた。皆が走って
汗をかいている時に? 覚醒が始まっていたのだろうか?
まだ20歳にもなっていないのに?)
(…やはり冴木さんは、あの時…地下室で一度死んだ…そして体内
で急激な覚醒と拒絶反応が同時に始まった。…人工呼吸も心臓
マッサージも効かず自ら蘇生した。…そうだ、思い出したぞ。
麻梨とライトで冴木さんの首を照らした時、あんなにクッキリと
残っていた痣も消えていた。一瞬おかしいと思ったけど、
冴木さんが生き返ってくれたことの喜びで忘れたんだ…)
(だったら、血はいつ入った? 冴木さんは何度もジョナサンの
アトリエに行っている。なら可能性はゼロじゃないか…おそらく
短い間に二人は急速に接近したのかも…だとしたら、もしや…
彼女のお腹の中には…)
耕平の中で解けなかった謎が解明し、ついに点と線が繋がった。
同時に耕平は自分が、しなければならない事も確信した。
右手は骨折していて動かない。苦痛で顔を歪めながら左手で
サバイバルナイフを抜く。
(くっ、さっき魚人が愛でていた理由もそれだったか…)
不安定なボートの上に立つ事など不可能だ。
だが、やらなければならない。せめて上半身を起こすだけでも
やってみようと試みた。
ナイフを握り締める。
耕平の狙いは彼女の喉元だけなのだ。
半身を起こすという簡単な動作が、耕平には死ぬ事より辛く
感じた。
(首を落とさなければ…駄目だ…こんな短いナイフじゃ駄目か…
健さん、麻梨…こんな事になってしまって…でも、俺ももう…)
「うっ! げふっ!」
ゴボッ
口の中に溜まっていた血が唾液と共に吐き出され、さらに首筋を
流れ赤い筋を引く。
残された最後の力は握ったナイフに込められた。
(冴木さん…好きだった…ごめん…)
川を覆う木々の葉がざわめき、鳥たちが一斉に飛び立っていった。
一陣の風が耕平の背中を押すと、ゆっくり優香の上へと倒れて
いった。
2人を乗せたボートは川の流れに乗って、下っていく…。
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更新日:2015-08-24 19:37:14