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 健二と麻梨の2人から離れ離れになった後も、優香たちは緩やかな
上り道を進んでいった。
「ちょっと待って! 行き止まりだわ」
「え…行き止まり?」

 優香に呼び止められ、耕平は立ち止まった。耕平は先程から、殆ど
視力を失っていた。僅かな明かりだけでは何も見えないといっていい。
 手を伸ばし、壁伝いに沿って進んでいたのだ。
「行き止まりって…前に進めないって事? でも風が前から吹き込んで
きてるし、それに水の音も聞こえる」
「そうよ…でも、もう先には道が無いの。今、私たちが立っている場所は
断崖絶壁みたいな所なの。すぐ横には滝があるみたい」
 どうやら2人は切り出した崖の上、その頂上付近の横穴に出たようだ。

「断崖絶壁だって?…これまで…か。どうしよう…引き返すか…」
「もしかしたら、途中で曲がる道を見落としたのかしら?」
 今来た背後の道を振り返った。
「冴木さん、実はさっきから僕も疲労と貧血で眩暈(めまい)が
酷いんだ。僕の心配はいいから冴木さんだけでも引き返して、
道を見つけて村へ帰ってよ」
 耕平は、ゆっくりと腰を下ろした。

「嫌っ! 沢本君まで、そんなこと…言わないで…」
「ごめん。何だかずっと謝ってばかりだね。でも本当にごめん。
最後まで守るつもりだったのに…こんな所で力尽きるなんて…はは、
もう冴木さんの顔も、ぼやけて見えないよ」
「それは、ほら…ここには明かりが無いから」
 ケミカルライトが消えかかっている、という事は30分近く
歩いた事になる。

「今、何時頃だろう…村の人達は、どうなっただろう?」
 耕平は自分が窮地に追い込まれると、何故か他人の心配をする。
 現実逃避の手段なのかもしれないが、優香には気づいていた。
「駄目っ! 沢本くん、一緒に帰るの。今は、それだけ考えて!」
「冴木さんに元気付けられちゃった。つくづく情けないな」
「そんな事、ないってば! 一緒に東京に帰ろ。借りてた本も
返さなくっちゃ。ね?」
「あはは、そうだね…あの本、高かったんだよなー」
 見上げるように空を仰いで言った。

「そういえば、滝があるって言った?」
「うん…ちょっと待って」
 優香がギリギリまで前に出て、辺りを見た。さっきまでは
気付かなかったが外の世界では白々と朝を迎えようとしていた。
「夜が明けるわ…」
「え…?」
「沢本くん、見えない? 辺りが少しずつ明るくなってきた。
もうすぐ陽が登る」
「よく見えないけど、言われてみると明るくなってきたような気が
するよ」
 優香は遠い地平線に想いを馳せていたが、耕平にとってはまだ
闇の世界だった。

「滝が見える…数メートル脇よ。山の上から真っ直ぐ下に落ちてる
みたい」
「そうか…それで分かった。ジョナサンのアトリエで見た最後の絵は、
これだったんだ。あの黒い汚れみたいなのは、今いるこの洞窟の穴か…
それじゃ、下に川が流れてるんだね?」
「え、川? ちょっと待って。見てみる」
「気をつけて」
 太陽が顔を出した。
 上から見下ろすとアマゾンのように延々と続く黒い森が、まるで
色を塗り替えるように変わっていく。
 それはまるで手前に潮が押してくるように一定のラインを持って、
変わっていった。

「うん、見えた。真下に大きな滝壷が見える。川もあるわ…」
 滝壷までは、どれ程あるのだろう。子供の頃、遊びに行った友達の
住むマンションを思い出した。
 たしか15階建て位だったと記憶している。その屋上からフェンス
越しに真下を見たときにも、今と同じように高さで眩暈(めまい)が
した。
「すごく高いの…見てると吸い込まれそう…」
「飛び込んだら死ぬかな?」
 ぽつりと漏らした耕平の一言は、優香の心臓を縮めた。
「ええっ!!」

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更新日:2015-08-24 19:29:11

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