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「優香…もう、おじいさんを呼ぶのを止(や)めたみたいね」
「ああ、かわいそうに。よっぽど、おじいさんの事が好きなんだろう。
でなければ、こんな所まで付いて来ないよなー」
 冴木老人を発見した4人のパーティは夢遊病者のように歩き続ける
村人達と、又しても森の奥深くへと入り込んでいた。

「耕平、お前の言った通りになりそうだな」
「どういう意味?」
「言ってたろ? 俺たちは誰かに導かれてるんじゃないかって」
「ああ、あれ…そうだね。付いてきたのは俺らの意思だけど、結果的に
そう考えざるをえないよね」
 時折、差し込む月光が村人達の顔を浮き立たせ異様な世界を演出した。

 真夜中の森、それは大げさでもなく富士の樹海や未開のジャングルを
思わせる。
 歩けど、歩けど景色が大きく変化することはなく先すら見えない。
 だが、たった一つ間違いない事実がある。それは望むべき場所とは
逆の方角へ向かっているという事だ。
 行き先も目的も不明と知りつつ、ただ延々と歩き続けるのみ。
「…もう、1時間以上も歩いてるよね」
「そうだな。もうすぐ日付も変わる」
「やだぁー、もう。私、疲れちゃった。優香は平気なのかなー?」

 その優香は、老人の隣をピッタリと付き添うように黙って並び歩いて
いる。
 耕平たちは、その2人の背中を見ながら後ろから付いていく…。
 優香の心象を察すれば、不平を申し出るものはいなかった。
 それでも皆の疲労がピークに達していることも、また事実だ。
 スタート地点に比べれば、傾斜角度も僅かづつではあるが上がって
いる。
「山一つくらい登ったのかな…」
 耕平も言いながら大きな溜息を吐き出した。

「こんな恐ろしい目に合って、まだこの先何が起こるか分からないと
いうのに俺たちは一体何をやってるんだ」
 健二も釣られて、ついやり場のない怒りの矛先を自分に向けて
しまった。
「先輩…そんな事、言わないで。悲しくなっちゃいます」
「麻梨の言う通りだよ。もしかしたら何事もなく引き返すことに
なるかも。あのまま方向も分からず川を下るより、この方が安全かも
しれないよ」
「そうだったな。すまん…」

「それにしても、この村の人達はどうしちゃったんだろう? 催眠術
なんて事はないだろうし」
「分からないな。誰かに精神を乗っ取られてるとか、操られてるとか
ってのはまた俺の考えすぎか?」
「成人している村人全員を集めて何をやるつもりかな?」
「お前の言いたい事が薄々、分かってきたぞ」
 耕平と健二の想像の翼は時として、悪い方向へとエスカレートして
ゆく。
 察知した麻梨がすぐさま止めに入った。
「もう、その辺でやめて。今、すっごく怖いんだってば」
「あ…ゴメン」
「麻梨、悪かったよ」

 標高が上がり木の種が変わると本数も葉の数も減り、必然的に
月光の量が増した。
「視界も開けた事だし、帰りの為に電池は温存しよう」
 健二がライトを消し、明かりは麻梨の持つペンライトと耕平の
ケミカルライトだけとなった。
「でも急に消すと、今度は一気に暗くなった気がするね」
「目が慣れるまで少しの辛抱だ。麻梨ちゃん、足元に気をつけて」
「…うん」
 3人は視線を下ろすと注意深く歩んだ。

「ちょ…ちょっと。優香がいない!」
「え、嘘…今まで前を歩いていたのに…」
「待ってろ」
 健二が消したばかりのライトを再び点灯させる。
「おい、あれを見ろ…」
 ライトの向きを前方に固定したまま2人に言った。
「何だろう、あれ…?」

更新日:2015-08-18 09:50:05

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