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「…お兄ちゃん…約束…だよね…」

 優香は耕平の腕の中で、子供の頃の夢を見ていた。耕平の方も
疲れが一気に出たのか小さな寝息を立てている。
 4人が木に寄りかかって、一体どれ程の時間が経過したのだろう。
 日中でも陽の光の恩恵を殆ど受けること無く、木々がうっそうと
茂る森の中で時間だけが無常に流れていった。

「おい、おいっ、耕平。起きろっ!おいっ!」
 突如、耕平は左肩を掴んで揺すられた。驚いて目を開くと暗闇の
中でライトを持った健二が立っている。
「どうしたの? 健さん…あ、俺…寝ちゃったみたいだ…」
 優香も何事かと寄りかかっていた身体を起こし、目を開けた。
「2人とも起きたか? 意識ははっきりしてるか?」
「う、うん…どれくらい寝ちゃったんだろう? 麻梨、今、何時?」
 見れば健二の後ろに麻梨もいたので、さっそく時間を聞いてみる。

「分かってる? 時報サービス一回10円ね。今は10時を
回ったところ」
「ええっ!! 嘘だろ? 10時だって?!ってことは4時間以上も
寝ちゃったんだ」
 耕平は驚き慌てて立ち上がった。
「ふっ、俺も同様に驚いてるさ。実は俺と麻梨ちゃんも、いつの間にか
寝ちまったんだ。どうやら、この霧は人を惑わす力でもあるようだな」
そう言うとライトの灯りを別の方角へ向けた。
「ああ…まだ霧が残ってるのね…」
 優香も寝袋から出ると、ゆっくりと立ち上がり言った。

「そっかぁ…参ったね。まさか本当に夜になるなんて。さすがに
真っ暗だ。何か懐中電灯の替わりになるもの持ってきて
なかったかなー? あ、これがいいか…」
 耕平はリュックの中からスティック状のケミカルライトなるものを
数本、取り出した。
 それはソフトプラスチック製で出来た細い筒の中に、さらに
もう一本ガラス製のスティックが入っている。
 この内部のスティックを折る事によって2種類の内液を混合させ
発光させる、いわゆる使い捨てタイプの照明器具だ。

「あー! それ、お祭りとかで売ってるやつでしょう?」
 さっそく一本を折って光らせると、麻梨が興味深く聞いた。
「似たようなもんだね。あんなオモチャより何倍も明るいけど、
そのぶん時間が短いんだ。30分ももてばいい方かな」
「なんだ、いいもの持ってるじゃないか。何本入ってるんだ?」
 健二が地面に置かれたままのリュックを照らして聞いた。

「まさか、そんなに必要になるとは思わなかったからね。10本も
入ってないと思う。1、2、3…」
 照らし出された明かりの中で、耕平は取り出しながら数えた。
「…8だ。8本しかないよ。一本ずつ使っても4時間もたない計算だね」
「8本か…俺以外が全員、それを手に持って森を移動するか。それとも
森で朝を迎えるか、だな」
 健二が2つの究極の案を提示する。
「霧の中を移動するの?」
 やはり優香は歩くことに不安を隠せない。
「あのさー、今、思ったんだけど。こんな時間になったし、もしかしたら優香のおじいちゃんか、おばあちゃんが捜索願いとか出してないかなー」
 麻梨が人差し指を立てて皆に言った。

「その…可能性はあるか。大切な孫が呪われた館に行ったっきり
帰って来ない。しかも、その館は火事になって今ごろは大騒ぎに
なってるはず。だとしたら…」
 健二が言葉を詰まらせ腕を組むと、耕平が続きを言った。
「だとしたら、村の人たちは焼け跡の瓦礫の中で、俺らの死体を
探している可能性の方が高いだろうね。もっとも、こんな時間だから、
もう引き上げたかもしれないけど。まさか森に入ってるとは
思ってないよ」
「そうだな」
 耕平に代弁して貰った健二が大きく頷く。

「おじいちゃんとおばあちゃん…きっと、すごく心配してる」
 ぎゅっと握った拳を口に当て不安を漏らす優香。
「そうだ、さっき言い忘れてたけど私のライトは使えるわよ。水に
濡れてなかったみたい。でも電池が、あとどれ位もつかなー」
 麻梨はスイッチを入れたり切ったりしてテストを繰り返している。

「俺も電池の予備は持ってきてないから、何をするにしても限られた
時間内だ」
 大きな光の輪をもう一度霧へと向ける。
「あっ…さっきより薄まってない? 霧が晴れてきたんだ…森の木が
ほら、見えてきた」
 ケミカルライトを頭上に掲げると大木の茂った葉を照らし出した。

「霧が消えるか。それじゃ、今度こそ本当に決断の時だな」
「待って! 静かにして…何か聞こえない?動物…ううん、人の声かも」
 皆、神経を集中し麻梨の言う声らしきものの正体を探った。
それは低く、まさに地を這うような声でゆっくりと、そして確実に
4人のいる場所へ向かっていた…。



更新日:2015-08-18 09:38:54

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