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天体観測

 私が話し終わっても、木霊は奇声に似た笑い声を上げるのをやめなかった。そんなに面白かったのだろうか。
 夜の外界では、そんな木霊の奇声をBGMに星空が展開されている。月がないから、星が鈍い光を遺憾なく発揮して光っている。今日は5等星までよく見える。ていうか、
「あんた笑い過ぎ」
 このままでは笑いが原因で呼吸困難になって、満天の星空のもと昇天してしまいそうだ。もしこんな下らないことで死んだら死因は「笑死」になるのだろうか。もしそうなったら、遺族が1番浮かばれない。
 そんなことを思っていると、木霊が必死に笑いをこらえて、何か言おうとしていた。
「だ、だって……あ、あは、ははは! はひゃっ!」
 いや、最後のは笑いじゃないだろうと思いながら木霊の方を見てみると、木霊は片手に持った水筒のフタをプルプルと震わせていた。
「こぼさないようにね。せっかく入れてきたんだから。午後の紅茶」
「わ、分かってる」
「とか言いながらさっそく零してる。何でそんなに笑ってるの?」
「だ、だって、馬が空飛んでるんだもん」
 そこなのか。
「う、馬」
 違うだろ。
「まあ、いいや」
 私は座っていた木のベンチから立ち上がって、さっき組み立てておいた天体望遠鏡を覗き込んだ。
 木霊は昔の私みたいに学校に行っていないのに、こういうアウトドア系が好きみたいでよく1人で散歩とか釣りに出かける。だから、登校拒否児ではあっても引きこもりではない。
 フリースクールで出会った時に、私が天体観測が好きだと教えると、木霊は目を輝かせながら自分も星を観に行きたいと言ってきた。それ以来、一緒に星座を観に行くようになって数年経つ。
 ちなみに、私達はいま家の近くの城山に来ている。歩いて30分くらいで山頂に着けるこの城山は、何百年も昔の平安時代末期のこと、源頼朝に追われた弟の義経を守るべく立ち上がった義侠(ぎきょう)心炸裂する兄弟の物で、形こそ残っていないものの、大河ドラマに取り上げられたおかげで知名度はほんの少し高いらしかった。
「そう言えば、透ちゃんってさ」
 と、何の前触れもなく突然声を掛けてきた木霊は、私にとっては最大のタブーとすべきことを平然とこう聞いてきた。
「頭良いの?」
 こういうぶしつけな質問をしてくる人間が1番あたまにくるものだ。というか、1番聞かれたくない質問をされた。
「次言ったら霊魂を消滅させてやるよ」
「いいじゃん、教えてよ」
 木霊が午後の紅茶を飲み込むコクリという音がする。
「勉強できるのと、頭が良いのとはまるで別のことです」
「そりゃそうだけど」
「私が頭良かったら世界崩壊が起こる」
「でも高校生でしょ?」
「それは一種の偏見。世の高校生の9割はバカだよ」
「そんなに?」
「かなりね」
 星を観せてあげようと思い私が手招きすると、木霊が午後の紅茶の入った水筒を持ったまま歩いて来た。
「覗いてみたら?」
 木霊が私に言われた通りに、天体望遠鏡を覗き見る。
「わあ」
 すぐに驚きの声を上げた。
「きれい」
 天の川に架かる夏の大三角に合うように天体望遠鏡を合わせておいた。
「あれが織姫で、これが彦星だよね?」
 木霊が興奮して星を指差している。
「そうだよ」
 本当はドレとドレを指して言っているのか分からなかったけれど、適当に相槌を打っておいた。そう言えば木霊は、全くと言っていいほど星にまつわることを覚えない。唯一知っていることと言ったら、
「夏は1番流れ星が多い(らしい)」
それだけだった。流れ星には「群流星」と「散在流星」というのがあるというのを知らないし、夏にはペルセウス流星群がやって来るということも知らない。
 でも私はそれでいいと思う。学問的に星座をスタディしてしまうよりも、ただ何となく星を見て綺麗だと思っている方が人間味があっていい。
「流れ星が零(こぼ)れ落ちる前に3回願い事をすると、その願いが叶うんだよね?」
「そうだよ」
「そんなこと出来るのかな?」
「まさか」
 シュン。と、木霊がとても傷付いた顔をした。励ましてあげるためにこう言う。
「正攻法では厳しいけど、流星群が来てる時なら余裕だと思うよ。少しはわきまえろっていうくらいバンバン来るから」
「へー、そっかあ」
 コクリ。木霊がまた午後の紅茶を飲み始めた。
「星には魔力があるのかな?」
「魔力って言うよりもね」
 今度は私が午後の紅茶を飲もうとして、水筒を木霊からチト拝借すると、水筒がずいぶんと軽い。傾けてみるとカラだった。ほんの少しぶっ殺してやろうかと思った。

更新日:2011-09-05 16:40:22

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