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希望

 最後の仕事を断ろうと思って雑貨屋を訪れると、店主は意外にもにこにこと彼を出迎えた。

「先生、お陰様ですべて片付いたようで。」
「え?・・・いや、俺が直接殺ったのは一人だけだ。」
「直接手をくださずとも、依頼は完遂していただきましたよ。」
「・・・どういうことだ?」

 奥のソファを勧めて、店主は報酬金を差し出した。いつもは口座に振り込んでくれる彼だったが、ここ最近の情勢では、銀行自体がまだ充分機能を回復していないようで、現金での受け渡しになったようだ。

「最後の一人は、身内に切られたようです。」
「身内?」
「ええ。王家も一枚岩ではありませんから。水面下で革命派と通じたり、スパイを匿ったりしていた食わせ物の王子が、王家の刺客にあっさり殺られたそうです。」
「・・・それは、俺には関係ないよ。」

 金額を確認して、宰は一人分の金額だけを抜いて店主に返す。

「いいえ。殺ったのは先生からの情報のお陰だったそうです。」
「俺は情報なんて・・・」

 言われて、宰はふと思い出した。あのボディガードが呟いた一言を。
 ‘まだ、生きていたのか・・・’
 あの男はそう言った。いかにも憎々しげに。

 そうか、あれか・・・。いや、それにしても、別にそいつの居場所を知らせた訳でもないし、それが誰かなんて俺は一言もしゃべっちゃいない。

「先生、いろいろとお金は入用でしょう?貰えるときに貰っておいた方が良いですよ。人、一人抱えると余計な心配も増えますからね。」

 宰が返した金を再度彼に差し出しながら、店主は何食わぬ顔をして言う。

「な・・・何のことだ。」

 思わず口元が引きつる。

「女の子用の服を買ってたじゃないですか。どこぞで迷子でも拾われましたか?・・・まぁ、今、孤児はその辺にいっぱいおりますからね。」

 店主は涼しい顔で宰が青くなっている様子をおもしろそうに眺めている。

「ご心配なく。ご存知の通り、私共は口は堅いです、先生の個人的な事情などどこにも漏らしたりはしませんよ。それよりどうです?また、良いのが入りましたよ?この間、お買い求めになったものとだいたい同じサイズで数点。なかなか可愛い品ですが。」
「・・・貰おう。」

 宰はやや茫然としたまま、たった今受け取った報酬から数枚紙幣を彼に差し出した。



更新日:2011-09-04 06:21:28

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背徳の奏~漆黒と深紅のモザイク~