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RAIN

寝室の窓をたたく雨音にレイアは目を覚ました。

まだ頭がぼんやりと眠りと現実を行き来する。そんなまどろみの中、顔をあずけていた枕が濡れているのを感じて、はっと身をこわばらせた。

「泣いて・・・・・・いたのか?わたしは」

そう気づくと同時に思い出す。



夢をみていた。緑色の髪のあの人がそばにいた。

彼は肖像画のように何も語らず、ただわたしの近くにいてくれるだけなのに、まるで陽の光に包まれているようにあたたかい。

『そう、ほしかったのはこのぬくもり・・・・・・』

自然とおだやかなものが顔に浮かび、幸せな気持ちが胸いっぱいにひろがる。

けれど、その何者にもかえがたい安らぎと喜びはほんの一瞬。
次にわかるのは、あの人がわたしの下から去って行く予感。そしてそれを止めるすべは無いということ。
それでも引き止めたくて、彼の肩から流れるケープの袖を、そっとつかんで言葉を紡ごうとする。

あの人が振り返った。

『帰ってきてくれる!』

迎える言葉を口にしようとした時、彼はわたしの手をとった。そして持っていた指輪を、静かに薬指にはめようとする。

わかりたくない、けれどまたわかってしまう。それが約束の証ではないことを。

その指輪は、永遠に結ばれる事がないのにこの身をしばる、銀色に輝く残酷な鎖。

あの人は、厳かな儀式にも似たその行為を終えると、声にならない悲しみと寂しさに震えるわたしを置いて、部屋を出てゆこうとする。

「待って! 本当にわたしはこんなにも弱いのに、どうして置いていってしまうの?」

母にすがる幼子ように叫ぶけれど、言葉は口から出た瞬間、霧のように掻き消えてしまう。

部屋の扉はあの人へと続く唯一の架け橋なのに、わたしはただ、緑の髪が揺れながら吸い込まれ消え去っていくのを、黙って見送ることしかできない。

涙が頬を伝う。

そして閉ざされた道は音もなく消えた。




剣士である自分に似合わぬ夢の記憶に、レイアはおどろき、質素なオーク造りのベッドの上に身を起こした。
頬と目元に残っていた雫を手の甲でふき取る。

ほどいていた長い茶色の髪が広がり、テーブルのそばに灯る燭台の明かりを受けて、淡く闇に浮かび上がった。

「なぜあんな夢を・・・・・・いや、それよりも、あれがわたしの本心だとでもいうのか」

混乱する頭を抱えてうつむいたが、やがて首を横に振ってから、そっとベッドを抜け出し、おぼつかない足取りで窓へとむかう。

外には細い銀色の雨が降っていた。

ガラスに張りついた無数の水滴の中に、琥珀色の自分の瞳が映り、外からこちらを見ている。
悲しげな少女みたいな、そのたくさんの自分の目に見つめられて、レイアは避けるように窓から視線をはずした。

そして躊躇いながら、閉じ込めていた想いに手を触れた。

『わたしの想いは、きっと届かない・・・・・・』

だから凍らせた。永遠に溶けることの無い凍土の奥深くに。
なのにそれは夢としてよみがえって、今わたしを一人の女に戻そうとする。

眠る自分の寝室の扉が、あの人のあたたかな手によって開かれることなどありはしないのに。

人々に必要とされるあの人の、そう彼のためのたった一人になりたくって、でもなれなくて。

それでも少しでも役にたとうと、この手で剣の道を選んだのに。
なぜいまさら心が揺れるというのか。

それに痛いほどわかるのは、わたしのこの願いが叶うということは、水色の髪のあの子の想いが断たれると言うこと。

自分はあの子のように子供にはなれはしない。
だから彼女の想いがわかった時、わたしのこの恋は断たれたんだ。



おもわず触れてしまった窓ガラスの冷たさに、レイアは我を取り戻した。
おぼつかない足取りでベッドへと戻り、投げ出すように身を横たえる。

「己の幸せだけを願うほどわがままではないだろう、レイア」

そう強く言い聞かせて、きつく目を閉じた。

『でも今だけ、そう今夜だけ、この恋を許そう。もう一度深く埋めてしまう前に・・・・・・
そして朝にはいつものわたし、剣もてあの人を、そして誰かを守る自分に戻っている』

祈るようにレイアは心にささやくと、一人の若い女に戻って、両手で身体を抱きしめた。

食いしばった口元がわずかにゆるみ、隙間から愛を告げる言葉がもれた。

薄く目を開け、窓にむけると、まだ降り止まぬ銀の雨が、夜を濡らしていた。

見ている者など誰もいない部屋を、雨音がやさしく包み込んだ。

更新日:2012-07-16 19:26:19

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