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なぜか打ちのめされた気分になり、ミサは本をとるのも忘れて、とぼとぼと駐輪場にむかって歩いた。
レイコが絵をかくなんて知らなかった。
となりに住む幼馴染といっても、ここ数年は言葉もかわしていない。
学校にもこなくなり、自分とはちがう世界にいってしまったレイコのことで知らない部分があるのは当たり前だったが、ミサは彼女の意外な姿をみて、説明のつかない衝撃を感じていた。

なにか重いものを背中にのせられた。そんな思いでミサが駐輪場の手前まできたとき、獣が唸るような低い音が聞こえてきた。

コンクリートの壁にかこまれた駐輪場が二つ、背中合わせに建っている。
そのあいだ、並べられた自転車の列にはさまれた通路の上に、赤い大きなバイクがとまっていた。
またがったまま、少しかたむいた車体を片足でささえ、レイコが手をだらりと下にさげて、空を見上げていた。

あとちょっとで陽が翳る時刻だが、まだ空には昼の陽気が色濃く残っていた。
遠いむこうに見える山の上に、わずかに黒雲がかかっている。

バイクにふさがれて自転車をとりにいけず、はなれたところで固まっているミサをレイコが見た。
なんでもない時に寄ってきた人を見た。そんな猫の目をしていた。
冷たい動物の目、ミサはそう感じた。
ますます動けなくなったミサを見つめながら、レイコが髪に手をやり、口を動かした。

「つきあってくんない?」

細いのにはっきりと聞こえるその声に、ミサはとまどった。
突然だったので、意味がよくわからない。けれども、断れないなにかをふくんだ口調だった。
それとレイコの瞳におされて、ついミサはうなづいてしまった。

レイコが無表情なまま、左手をあげて、ちょいちょいと手首をひらめかせて呼んだ。
その手にひきこまれるように近づいていくと、レイコの指が自分のうしろを指した。
乗れといっているのだろうが、当たり前だがミサはためらった。

『制服だしスカートだし、どこにつれていかれるかわかんないし・・・・・・というかこわい!』
背負ったカバンのひもに手をかけてとまどうミサの前で、レイコは着ていた制服のブレザーをぬぐと、ぽんと投げてよこした。

「巻いて。見えなくなるから」

逃げ道を断たれて、ミサはしかたなくブレザーを腰に巻き、そで口でしばった。レイコはスカートのままだ。

更新日:2011-11-05 11:20:35

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