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レインボーチェイサー
朝。通っている中学の教室にはいったとき、ミサはぎょっとして足をとめた。
自分のすぐうしろ、左の角の席。 長いあいだ空席だったそこに、レイコがすわっていたからだ。
おどろきと同時に、一ヶ月前にあったレイコの父親の葬儀のことが頭にうかぶ。
暗く厚くたちこめる黒い雲から、つめたい雨がふった日。焼香におとずれたとなりの家に、レイコの姿がなかったのをおぼえている。
レイコは、ウェーブのかかったくすんだ長い髪をそっけなく胸元にたらし、机にひじをついて教室の外をながめている。
ミサは自分の席につきながら、目をあわせずに「おはよ」と小さく声をかけた。
レイコの瞳が自分をとらえるのを感じながら、カバンの中身を机の上に並べはじめる。
コットン コットン
心臓が波打ってきた。
『きてたんだ・・・・・・』
いまさらのようにそうおもって、ミサはとまどう自分をみつけた。
午前中の授業もうわの空のうちにおわり、昼休みになった。
ミサはいつもの仲間とお弁当をひろげながら、おそるおそるあたりを見まわしたが、レイコはもういなかった。
ほっとしながら、少し胸が痛む。心のどこかでだれかが抗議しているのがわかる。
「でねー、シュウのヤツがさぁ・・・・・」
アヤカの話にうんうんとうなづきながら、ミサはそんな暗い気分をかわした。
最終の授業がおわり、みんなが口々に話しながらかたづけをはじめる中、ミサは手早く教科書をしまったカバンを背負い、仲間に手をふりながら教室を出た。
小走りで渡り廊下を通って別館にはいり、部室に忘れていた本をとりにいく。
美術室のドアをいきおいよくひらいて、中にとびこんで、はずむ息をのみこんだ。
ひろい部屋の真ん中にイーゼルをたて、そこにかけたカンバスの前に、絵筆をにぎったレイコがすわっていた。
それにおどろいたのではない。
強い西日が窓からさし込んで、レイコのまわりが、明るい金色の草原のようにみえたからだ。
陽にてらされたまま、身動きひとつせずにカンバスをみつけるレイコの姿自体が、なにかの絵のようだった。
見てしまった光景にとらわれ、立ちすくむミサの目が、カンバスの上をなぞる。
青い。
窓枠を景色にいれてながめている。そんな切りとられた一瞬が描かれた絵。
動けないミサの前で、大きくレイコの右手が横に走った。
そしてそのいきおいのまま、にぎっていた筆を床に投げ出す。
色とりどりの模様をつくりながら、たくさんの絵筆が転がるのを、ミサは目で追った。
やがてレイコは椅子から立ちあがると、ミサの方を一度もみず、逆のドアから部屋を出ていった。
自分のすぐうしろ、左の角の席。 長いあいだ空席だったそこに、レイコがすわっていたからだ。
おどろきと同時に、一ヶ月前にあったレイコの父親の葬儀のことが頭にうかぶ。
暗く厚くたちこめる黒い雲から、つめたい雨がふった日。焼香におとずれたとなりの家に、レイコの姿がなかったのをおぼえている。
レイコは、ウェーブのかかったくすんだ長い髪をそっけなく胸元にたらし、机にひじをついて教室の外をながめている。
ミサは自分の席につきながら、目をあわせずに「おはよ」と小さく声をかけた。
レイコの瞳が自分をとらえるのを感じながら、カバンの中身を机の上に並べはじめる。
コットン コットン
心臓が波打ってきた。
『きてたんだ・・・・・・』
いまさらのようにそうおもって、ミサはとまどう自分をみつけた。
午前中の授業もうわの空のうちにおわり、昼休みになった。
ミサはいつもの仲間とお弁当をひろげながら、おそるおそるあたりを見まわしたが、レイコはもういなかった。
ほっとしながら、少し胸が痛む。心のどこかでだれかが抗議しているのがわかる。
「でねー、シュウのヤツがさぁ・・・・・」
アヤカの話にうんうんとうなづきながら、ミサはそんな暗い気分をかわした。
最終の授業がおわり、みんなが口々に話しながらかたづけをはじめる中、ミサは手早く教科書をしまったカバンを背負い、仲間に手をふりながら教室を出た。
小走りで渡り廊下を通って別館にはいり、部室に忘れていた本をとりにいく。
美術室のドアをいきおいよくひらいて、中にとびこんで、はずむ息をのみこんだ。
ひろい部屋の真ん中にイーゼルをたて、そこにかけたカンバスの前に、絵筆をにぎったレイコがすわっていた。
それにおどろいたのではない。
強い西日が窓からさし込んで、レイコのまわりが、明るい金色の草原のようにみえたからだ。
陽にてらされたまま、身動きひとつせずにカンバスをみつけるレイコの姿自体が、なにかの絵のようだった。
見てしまった光景にとらわれ、立ちすくむミサの目が、カンバスの上をなぞる。
青い。
窓枠を景色にいれてながめている。そんな切りとられた一瞬が描かれた絵。
動けないミサの前で、大きくレイコの右手が横に走った。
そしてそのいきおいのまま、にぎっていた筆を床に投げ出す。
色とりどりの模様をつくりながら、たくさんの絵筆が転がるのを、ミサは目で追った。
やがてレイコは椅子から立ちあがると、ミサの方を一度もみず、逆のドアから部屋を出ていった。
更新日:2011-11-06 09:41:15