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けれどもその森はとても広かった。
お盆前に家族でキャンプに行った山奥のように、走ってもまったく景色が変わらない。
本当に山の中にいるのかとおもって背中がぞわっとしたが、よく見ると地面は平坦で、おばあちゃんっ家の近所にある神社の境内の小さな森と同じだった。
それを感じて少しだけほっとしたが、足はまだ勝手に走っている。

そのうちに少しづつ木々がまばらになっていき、草の生えていない道らしいものが見えてきて、はっとしてそれをたどって駆け出す。
道の先に薄赤い夕日が見えてきて、安心して泣きだしそうになりながら森を抜けたところで、おどろいて足がとまってしまった。

ポォーッッッッ!!!

甲高く物悲しい音をたてて、黒い煙突から真っ白な煙を噴出しながら、目の前をゆっくりと蒸気機関車が横切っていったのだ。

あわててまわりを見ると、機関車が通り過ぎた道の向こう側に、木造の濃い茶色をした家々が棟を並べて建っている。
ぽつぽつと道行く人がいて、動くその人影に目を向けて、あっと声をあげそうになった。

人の多くが、ひいばあちゃんが着ていたような和服を着て歩いていたのだ。
男は下駄。女の人は草履をはき、ガラカラ、シャリシャリと聴きなれない音を立てて石畳の上を行く。

一人の男の姿をよく見ると、これまたひいじいちゃんが出かけるときにかぶっていた中折れ帽子を頭に載せている。

きょろきょろと辺りを見渡す孝太郎の目に、麦色のパナマハットをかぶった男、白いパラソルを肩にさしかけ小刻みに足を運ぶ縦じま紬の女の人など、次々と見たことのない格好をした人の姿が飛び込んでくる。

人いがいに動いているのはほとんど自転車で、たまにそれを遠慮がちに避けながら、頼りないクラクションを鳴らして黒い小さな車が壊れそうな騒音をたてて通り過ぎてゆく。
忘れた頃にまた蒸気機関車がやってきて、ひどくのどかな警笛を上げる。

全体に静かなのだが、その世界は、孝太郎が聴いたことのない音で満ちていた。

チリンチリンとベルを鳴らしてすぐそばを自転車が駆け抜けた。
その勢いに押されたように、孝太郎は通りを渡ってしまった。
振り返ると、自転車に乗っていたのは、自分より少しだけ年上らしい、鳥打帽を目深にかぶって和服に紺の股引をはいた、大昔の商店の小僧さんみたいな少年だ。

無意識にふらふらと道を歩きながらあたりを見つめてしまう。
たまに見かける洋服の男もきちんと帽子をかぶり、背広にチョッキを着た三つ揃いの肩から小さなマントのようなものを羽織って、黒いステッキを片手にふんぞりかえって歩いている。
そのすぐ後ろを、紫の矢絣の女の人が、うつむきかげんでちょこちょこと足を運んでいた。

『ここは昔の世界!?』
なんとなくそうおもったとき、孝太郎は、自分が町の人たちにじろじろと見られていることに気がついた。

Tシャツにハーフパンツ姿の孝太郎はあきらかに回りから浮いていて、それがめずらしくまた奇矯なので、皆いぶかしさと興味がない混ざった目を向けてくるのだ。
それが恥ずかしくてあわあわしていると、突然うしろから肩をつかまれてびくっとしてしまった。

更新日:2011-09-11 15:44:27

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