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新館主の朝

 御仮屋睦(おかりや・むつみ)は、商店街の一角「御仮屋書店」の
長女だ。本屋の朝は午前六時前、雑誌を配送するトラックが倉庫の前に急停止して、ドサッドサッと束になった雑誌・単行本が荷下ろしされる音で始まる。以前ならば、人気週刊マンガ雑誌の発売日ともなれば、それを楽しみにしている子ども達が、登校前に買いに来ていた。御仮屋家も、荷が着いたと同時にその束をばらして、あわただしく店頭に並べる・・・、が一日の始まりだった。
 そんな本屋に生まれ育った睦だから、他人は「朝は苦手」なぞと言うが、早起きは得意だ。午前五時、今朝は余裕を持って目覚まし時計をセットしていた。パチッと目が覚めた。
 (とはいってもねえ~。これが冬場じゃないから、いいのよね・・・)
 さっと布団から出て、洗面台へ向う。
 歯磨きをしながら、鏡の中の自分と向き合う。
 (大丈夫。私は、ノーメイクでも人前に出れるわ・・・)
 それでも、口紅は薄く塗った。
 ジャージ姿に着替えて、スニーカーに足を通して、「新納流試心館(にいろりゅうししんかん)」へ向う。

 睦が門をくぐる前から、家主・新納義彰(にいろ・よしあき)の飼犬・タダモトが、こちらに向って吠えている。滅多に吠えることなぞないタダモトだから、これは睦に対する歓迎の意なのだろう。門をくぐって、
 「おはよう、タダモト。ほ~ら、ちゃんと私来たんだから、静かにして。まわりは、まだ寝ている人だっているんだから。」
 とにかく、タダモトを静かにさせる。
 義彰はと見れば、表の間の縁側で新聞を手にしている。睦が来るのを待っていたのだろう。
 「おはよう、むっちゃん。来たのう。タダモトも、大歓迎のようじゃの。」
 「おはよう、じいさん。まずは、庭掃除からでいいのよね。
  あっ、その前に、タダモトの朝ごはんか。」


更新日:2011-08-02 15:36:27

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