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新規顧客=新弟子?

 都市部の金融機関店舗の場合、正午から午後1時までの「お昼休み」の時間帯こそ、来店客で混雑すると聞くが、ここ鹿児島県北部の町・紫尾市は、そういう意味ではやっぱり“農村部”なのだろう。「五・十日(ごとおび)」等金融機関が忙しくなるとされる日以外は、「お昼休み」の時間帯、ことに前半三十分はぱったりと客足が途切れる。鶴亀信用金庫紫尾支店の窓口を担当する三人の女性も、お昼休みの間に交代で昼食時間をとることになるのだが、特に前半三十分は裏の休憩室で、二人が少しはのんびりできる。

 「なによ~。御仮屋さん、私、なにか変?」
 と、先輩預金係・水溜小雪(みずたまり・こゆき)からにらまれ、新米預金係・御仮屋睦は、大慌てで首を振って、愛想笑いを浮かべた。
 親しみやすい、もう一人の先輩預金係・田所茜(たどころ・あかね)に対して、こちらの先輩は、どうにもこうにもとっつきにくい。小柄な睦に対して小雪はすらっとした長身、そして名前の通り、南国鹿児島らしからぬ白い肌の持ち主。そして美人ではあるが、ともすれば「気が強そう」という印象を与える、きりっとした顔立ち。年齢は、怖くてまだ訊いたことがないのだが、二十代後半、いや三十目前?、そして独身。 なによりも睦が苦手意識を抱かせるのは、小雪が“(鹿児島)市内組”であることだ。
 地方金融機関の女子職員の新規採用といえば、それはよかれあしかれ“コネ”“縁故”がものを言う。睦自身も、それを否定しない。しかし、「市内」といえば県庁所在地「鹿児島市内」のことを指すほどに、鹿児島県は、一極集中が激しい。いきおい新規採用者の割合も、「市内」出身者が圧倒的に多い。そんな「市内」出身者は、市内の店舗での勤務を希望し、紫尾市のような地方部店舗への転勤は“左遷”に等しい屈辱と受け取られるらしい。
 二十代後半で紫尾支店勤務を命じられた小雪は、その悔しさを日頃から隠そうともしないように見えるし、また、睦のような「地元採用組」なぞ、はなから相手にしない、という意思を、ついつい睦は感じてしまう。



更新日:2011-08-04 05:13:09

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