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薄暗い路地裏。
アスファルトの上に、規則正しく鳴り響くピンヒールの音。
それにつづく荒い男の息と、軽いスニーカーの足音。
頭上で輝く様々な原色の見本市のようなネオンサインが、走る真紅のチャイナドレスをストロボで映し出す。
次に熊、そして少女。 もとい、洋一、牛島、玲だ。
三人の姿は、まるでスクラップスティックな映画の1シーンのようだ。

チャイナドレスの背中に牛島が叫ぶ。
「お、お名前を!」
「イヤッ!」
「じゃ、住んでるとこを」
「もっとイヤッ!」
コメディを演じながら駆ける二人の後ろでは、真剣な表情をしてバッグに手を差し入れる玲の姿がある。

「あっ」
突然、洋一の姿が闇に沈んだかとおもうと、アスファルトの上を転がった。
彼の俊足に耐え切れず、ヒールが折れてバランスを崩したのだ。
肩を押えて立ち上がった洋一の目の前に、両手を上げて牛島が立ちふさがる。

「さぁ行きましょう・・・ 今すぐ・・・・・・・」
あらぬ妄想を鼻から噴出しながら、牛島は歩み寄ってくる。
その姿に、洋一の防御センサーが彼を敵と認識した。
ふたたび高まるバイオレンスの予感。
だが、その緊迫を打ち破る声が牛島の背後でした。

「そこの男どいて! 影になってて写らない!」
「え?」
玲の叫びに牛島がおもわず振り返った時、洋一の身体が路面スレスレまで沈んだかとおもうと、弾のように前へと突進した。

玲の目にはチャイナ姿が消えたように見えた。
だが洋一は、瞬時に牛島の懐に飛び込むと、みぞおちに強烈な掌底突きを放ったのだ。
拳での打撃と違って、掌はインパクトを広く深く内臓へと波及する。
牛島の目がくるりと裏返ると、ズーンと音をたてて巨体が沈み、洋一の姿が玲の前にあらわになった。

----- チャンスッ!
構えていたデジカメのシャッターが切られ、フラッシュが辺りを白く染める。

しかし、カメラがとらえたのは、真紅の背中だけだった。

シャッターより早く、鮮やかターンで身をひるがえして駆け出す、チャイナの女。
玲は1チャンス1ヒットに失敗して、強く唇をかみ締めてその姿を見送る。


そんな彼女の背後10メートルの位置で、壁に身を隠して一部始終を見ていたシンがつぶやく。
「玲・・・・ なんでおまえが・・・・・・・」
湿りを感じる路地裏で、残された三人はそれぞれの姿で、影となって動きを止めたのだった。

更新日:2011-11-22 22:54:24

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