• 作品を探す:

小説

携帯でもPCでも書ける!

  • 20 / 166 ページ

レディ・チャイナ

午前1時。
人気の絶えた地下街に、コツコツとピンヒールの音が響き渡る。

ホームレスの辰さんは、その夜めぼしい得物にありつけず、空腹を抱えてダンボールハウスの中で寝ていた。
----- あぁ、せめて酒が見つかってりゃ、ちっとは飢えもしのげるっていうのによォ・・・・・

茶色から黒へと変色しかかっている毛布を巻きつけて、辰さんがブルッと身を震わせたその時、前を通り過ぎようとしていた足音が止まった。
すわっホームレス狩りの若者かと身構えると、ガバッと入り口のダンボールが剥ぎ取られ、何かがそこから投げ入れられた。

「うわぁ!」と声をあげて頭を抱える辰さんの身体に、何やら軽い物がポコポコと当たって下に落ちる。
次に、ガチャンとガラスの触れ合う音をたてて、大きなビニール袋が床に置かれた。

「寒くなってきましたね。皆さんでこれ分けて召し上がってください。少しは温まると思います。どうか気を落とさず。 きっと楽しいことがありますよ・・・・・・」
地下街の照明が邪魔して姿は判らないが、そんな女性の声がした。

まだ固まっている辰さんの耳に、またピンヒールが道を叩く音が聞こえ始め、遠ざかってゆく。
そっと目を開けて、自分の身体に当たった物を手にとってみると、それはあたりめの袋。
暗闇で見えなかったが周りには、乾物屋かと言いたいくらい、乾き系おつまみの袋が散乱しており、入り口には酒瓶が詰まった袋があったのだ。
なんだかわけがわからなかったが、危険は無いと悟った辰さんが、おっかなびっくりダンボールハウスから顔を出して外をのぞく。

煌々とした光に照らされながら、背筋を伸ばして去って行く、派手な後姿が見えた。
真紅のシルク生地に、鮮やかな刺繍で大きな龍が描かれた、全身をタイトに包むチャイナドレス。
左手には、ロンリコ・ラムの瓶が握られている。

そう、言わずと知れた、洋一の姿であった。
やっぱり女装して街へと出てきてしまったのだ。

彼は始め、己の足を殴ってあの部屋に行くのを止めようとした。
だが、ただ痛かっただけで、足は普通に母のマンションのドアをくぐっていた。
今度は、手を押えて女装を止めようした。
しかし、気が抜けて鼻をほじった瞬間に、女装が始まってしまった。
せめて部屋の中で我慢しようと試みたが、鏡に映る自分の姿に満足して、ついうっかり傍にあった酒を飲んでしまって、全ては終わった。

----- そうだ!ホームレスのおじさんたちにプレゼントを持っていってあげよう!
そんなムチャムチャな理由をつけて、洋一はそのままの姿で外へと飛び出したのだった。
差し入れが、あたりめや酒だったのは、かけらほど残っていた男としての本能がチョイスさせたものかもしれない。

アルコールで解放された魔性によって、洋一は地下道を通り、地上へと続く階段を登り始めた。
その足取りに、ためらいや戸惑いは微塵も無い。
女装お散歩を開始してまだ二夜目だというのに、ピンヒールを危うげなく履きこなし、声まで女性化しているこの男はいったいなんなのだろう。

正体不明の曲をハミングしながら大手を振って-----今夜はスリットの深いチャイナなので足取りは静々とだったが-----中華乙女・洋一は地上へと舞い降りた。

白檀の扇子を取り出し、パタパタと顔をあおぐ。
どこへ行こうかと考えているようだ。
正面はアーケードの西の入り口。
左は飲み屋街へと続く道で、右は繁華街を取り巻いている国道だ。
やがて行く道が決まったのか、優雅に扇子を仕舞うと、洋一は右に足を向けた。
艶めかしく揺れる腰と、スリットから見え隠れする白い足が、暗闇の中へと消えていった。

更新日:2011-09-22 00:45:14