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『華麗なる肖像画』
高名な肖像画家レオ・マンフレーディ氏のアトリエへ、ある裕福なご婦人が訪ねてきた。
「マエストロ、あたくしの肖像をお願いしたくて参りましたの」
画家はこの妙麗な女性の魅力に惹かれ、製作をOKした。
「ありがとうございます。でも、完成の日時は守っていただきたいのです。2ヶ月後に私の40才の誕生日ですの。肖像画をお客様にご披露したいのですが、大丈夫でしょうか?」
この婦人はマンフレーディ氏がいくらか気紛れなところがあると聞いていた。
ときどき突拍子もないことをしたり、何年も遅れて仕上げたりする変わり者としても有名だが、ヨーロッパの王室のプリンセスの肖像画も頼まれるほどの人だったから、婦人は『どうしてもこの画家に』と決めていたのだった。
高名な画家が承諾してくれたのでリタ夫人は天にも昇る気持ちだった。
仕事始めの日などを打ち合わせを終えると、彼女は大満足で帰って行った。
約束の第1日、リタ夫人は一匹のグレーの子犬を伴って現れた。
銀色のミンクのコートを脱ぐと、スミレ色のドレスの艶かしい姿態が披露され、画家はますます描く気いっぱいになった。
すでにセットされていた豪奢なルイ14世スタイルの椅子に、婦人と子犬がポーズをとろうとした。
画家は以外という表情で不機嫌に言った。
「奥さん、契約では子犬のことは何も話がなかったと思いますがね」
「分ってますわ。わたくしそのことを申し上げるのをつい忘れていましたの。このイヌは私の分身のようなものですの。お金はいくらでも払いますから、ぜひ、お願いいたしますわ」
熱心に言われて、画家はしぶしぶOKした。
夫人は子犬に言った。
「さあ,お前の一ばん得意なポーズをとってごらん」
子犬は夫人の足許で、両足を揃えて前に投出し、首をちょっと反らせ、見事なフォームを作った。
さて、仕事が始ったが、リタ夫人は一切愚痴をこぼさず辛抱強かったので、画家は思う存分熱中することができた。
驚くことに、足許の子犬まで、じっと同じポーズでを続け、ゆらりともしなかった。
婦人がたまに軽くアクビをして「失礼」と詫びると、子犬もちょっとあくびをして小さく「キャン」と鳴いた。
このような日々が続き、完成まであと僅かになった。婦人も子犬もモデルとして完璧にこなした。
ときどき婦人は作業の途中で、絵を見たがったが、画家はそれを断った。
「私は、完成するまで絶対に見せない主義なのです」
誕生日の前日に絵は完成した。
そのとき、婦人ははじめて画家の方に回って、自分の肖像画を見たのだった。
そっくり、そのままでありながら、その気品と官能美に、夫人は、いたく感動した。
行儀よく一緒に眺めていた子犬が、そのとき、「グゥゥッー」と唸った。
そして、歯をむき出して吠えた。
夫人がいままで聞いたこともない、激しい吠え声だった。子犬は絵の中の自分に向かって、牙をむき出して吠えてるのだった。
夫人ははっと息をのんだ。足もとに描かれたのは彼女のイヌではなく、灰色の猫だったのだ。
「毛の色とこのポーズでは、猫のほうが相応しいと思いましてな」
画家はこともなげに言った。(K)
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作者の言葉/言葉なし
更新日:2011-09-27 03:55:46