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『家を間違えたカロータ』
子猫のカロータが昨日の午後から姿を消した。
臆病者のカロータのことだ。建物を出て表通りをのこのこ散歩ってことは考えられない。
まず、そんな経験全くないんだから。
では何処に隠れてしまったのだろう?
今朝もまた一階から六階まで、階段を下りたり上ったりしてみる。
マンサルダ(屋根裏)へのドアのあたりは、工事中らしくごちゃごちゃしていて、猫の隠れそうなところだ。
もう一度上がってみよう。
あんな所で小さくなって震えているのではないかと考えると可愛そうでならない。
ところが姿も見えないし、泣き声も聞こえない、とすれば、どこかの親切な家庭で保護されているのかもしれない。
早速ロビーの掲示板に張り紙を出すことにした。
『行方不明の赤猫を探しています。電話番号は・・・』
写真でも一枚付けて張り出そうか。いや、写真なんて平凡だ。クレパスでさらさらっと描いたほうが面白いし、眼を引くかもしれない。
外出から戻って来ると留守番電話に女性のメッセージが入っていた。
『私のところで、お宅のらしいネコちゃんを預かっています。こちらの電話番号は・・・』
ほっとして早速電話を入れた。
「ほんとうにご迷惑をかけました。すぐ、引き取りに伺います」
すると優しい綺麗な声が答えた。
「いいえ、私たちが今下りて行きますわ。ちょうど、出かけるところなので」
ベルが鳴ったのでドアを開けると、カロータを抱いた若い女性が、小さな男の子を連れて立っている。
綿毛のブロンドの子は、明らかに泣いたあとらしく眼が濡れて不機嫌な顔だ。
カロータは彼女の腕からすり抜けると一旦、家の中に駆け込んだが、すぐに姿を現し、ボクの足許にすり寄って来た。
「昨日、私どものドアの側で泣いてましたの。あんまり可愛いので、ちょっとだけと家の中に入れてやったんですけど、この子が、もうすっかり気に入ってしまって、ネコちゃんを放さないんですのよ」
そして、
「まあ、カロータ?ステファノ、ネコちゃんはカロータって名前なのよ」
この坊や、きっと猫と別れるのが辛くて泣いていたのに違いない。
それでも機嫌をなおして、
「カロータ」と小さく呼ぶ。
「お宅では猫を飼っておられないのですか?」
「だめなの。主人が猫アレルギーなんですのよ。私と子供は全く平気なのに」
「それでは今、ご主人はご出張なんですね」
「いいえ、私たち家族はトスカーナのプラートという所に住んでいるのです。主人は仕事で来れなくて、私と子供だけが姉夫婦のところで復活祭の休暇を過ごしたんですけど、もう今日は帰らないと・・・
まだ乙女のような雰囲気の母親は、子供に向かって言う。
「ステファノ、さあ、カロータにお別れして。また、会いましょうねって」
ステファノがかがんで抱こうとしたら、カロータはするりと身を避けて家の中に隠れてしまった。
すると、彼はまた、わーっと泣き出した。
よっぽど別れが辛いのだろう。
「せっかくですからコーヒーでも」
と言いかけたところで、中年の背の高い女性が大きなスーツケースを抱えて階段を下りてきた。
彼女には見覚えがあった。ときどきエレベーターで一緒になるが、挨拶だけで話をしたことはない。
「本当に可愛い猫ちゃんだこと。とっても大人しくて」
と彼女も言ってくれる。
「自分の家を間違うなんて、僕には信じられないんですよ。だって、200キロ以上も離れた所から、戻って来る猫だっているというのに」
その頃、ボローニャからマントヴァまで一ヶ月もかかって戻って来た猫のことが、TVなどで話題になっていたのである。
「もう、タクシーが来る頃よ。さあ、降りましょう」
階段を降りながら、奥さんが振り返って言った。
「掲示板の猫の絵、素敵だわ。きっと飼い主はアーティストなのねって、妹と話してたんですよ」(K)
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作者の言葉/家を間違えてよその家のドアの前で、狂ったように泣いていたネコのことが忘れられません。又はケロッとして人様の家に飛び込んで来て,我がもの顔で走り回るネコも・・・動物も人間と同じように,ネコそれぞれト実感します。
更新日:2011-09-27 03:34:57