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小説

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15時46分: 駅舎前

挿絵 240*320


 「変わらないようで、変わってるんだよなあ・・・・・・」

 清瀬は線路の向こうを見ていた。
 電車は一時間に一本しかない。浜辺であけた缶ビールの酔いが、二人を大らかにしていた。何をするともなく待つ時間を、不満に思う様子はない。児童公園で洗った髪もすっかり乾き、ふわふわと心地よさそうに風に揺れている。

 「そのうち、彼女できて結婚して、子供もできて、
  そしたらこんなふうに過ごす時間も、自然となくなってくんだろーなぁ」

 今ここでそれを口にする真意を測りかね、久我はまじまじと清瀬の横顔を覗き込んだ。

 「それはそれで、別にゼンゼンいーんだけどさ。何つーか、変わってくから覚えてるんだと思うんだよね。
  今日みたいな、どうでもいいワケわかんねー時間のこととか」
 「おい・・・・・・おまえがそれ言うか、信じらんねえ。
  おまえのツラの皮って何センチあるんだ? 一度測ってみてえよ」

 非難と賛美を錯覚しているのか、清瀬は嬉しそうにくつくつ笑った。それから、ちゃんと買い直したジンジャーエールのボトルを煽る。

 「許す。死んだら司法解剖していーよ、輪切りにして」
 「司法解剖ってそういう意味じゃねーし。だいたい死んでまでおまえの悪フザケに付き合ってられるかよ」

 久我もボトルを煽った。飲み出すと、止まらないんじゃないかと思うほど、夏の乾きにその液体はみるみる吸い込まれた。
 ついさっきの光景が、昔の映画みたいに奇妙な距離感で甦る。
 金色に揺れる液体。
 白い砂に落ちた、光。
 弾け飛ぶ泡。笑い声。
 溺れそうな空の青。波の音。

 「久我ってなんか、おれにとってはジンジャーエールなんだよな」

 清瀬がまたおかしな話を始め、遠く波の音を聞いていた久我の意識は、一瞬で現実へと引き戻された。

 「へぇぇ、どうりでぶんぶん振り回してくれるわけだ」
 「え? 何のことかなー」

 イタズラが見つかった子供の顔で、清瀬はベンチに膝を抱えて座り直した。放り出された靴が、ころんと地面に寝そべる。

 「あ。ねーねーおれは何だろ? 言ってみて。言うまで家帰さないから」
 「夏なのに寒いんだよ、酔っ払い。そういうのは彼女作って────」

 言いかけた久我は、清瀬の好奇心に満ちた目に根負けして、語尾を溜め息に置き換えた。

 「・・・・・・牛丼」

 期待もせず、気負いもなく、久我は牛丼屋へ入る。
 なくても困らないが、なくなると寂しい。けれど、わざわざ人に明かすほどでもない。

 「言っとくけど俺はな、変わろうが、変わるまいが、牛丼を食いたきゃ食うし、
  おまえが浜辺でたそがれてたらケリ入れてやるからな」

 影が駅まで繋がってたら俺は辿り着く。
 影が駅まで繋がってなかったら、俺は辿り着かない。
 ────答えが目の前にあることを、久我はいま自覚した。

 「で、今日はなんでこうなったんだよ。女にフラれたとか?」
 「んーん」
 「同僚に告られた」
 「違う」
 「好きな女に男がいた」
 「それも違う」
 「わかった。好きな男ができた」

 ・・・・・・。
 清瀬の作る、意味深な沈黙。

 「げ。まさか・・・・・・」
 「ウッソ、冗談だよ」
 「おまえが言うとシャレに聞こえねー」
 「なにそれ。ちょっと聞き捨てなんないんだけど」

 踏み切りの音がする。清瀬はあわてて靴を拾い上げ、久我は大きく伸びをして、さっさと乗車位置についた。

 「でもまあ、すっきりした」

 いつのまにか、隣に立った清瀬が、ふと大人の顔になっていた。
 久我は、気づかないふりをして前を見る。ゆっくりと電車が止まる。

 「ふーん。まあ、俺も」
 「え、何?」

 扉の開く音で、聞こえなかったらしい。二度も言ってやるつもりは、久我にはなかった。
 
 「・・・・・・おまえ顔赤い。酔っ払ってんのかと思ったけど、日焼けだな」
 「ぶっ、ほんとだ。久我の顔、ゆでダコみたい」
 「誰のせいだと思ってんだよ」

 いつもの調子で笑う清瀬と、いつもの調子で呆れる久我を乗せ、電車は静かに都会へ向けて走り出していた。
 少し寂しげで、意味もなく誇らしげな顔をした、そんな場所へ。
 ────たくさんの影を踏み越えながら。

≪了≫

更新日:2011-07-07 04:48:32