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小説

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11時58分: 牛丼屋

挿絵 240*320


 「へー。久我って彼女できたら、おれとは遊んでくんないんだー」

 狭い店内は、うっかりすると会話が筒抜けだ。おれはボソッと亡霊のように、久我の耳元で小さくささやいた。もちろん半分は嫌がらせだ。

 「いじけるなー。牛丼屋だけどカレー食べてやる」
 「・・・・・・させるかよ、牛丼並み盛1つ大盛り1つ」

 よほど気色が悪かったのか、久我は三歳児みたいな手段で応戦してきた。とはいえ、それですっかり気は済んだらしく、あとは上機嫌でカウンターの箸箱を開閉している。

 「やべー、強引すぎて惚れそうです。おれが悪かった。
  ひとつ提案なんだけど、映画キャンセルして電車のってどっか行かね? 海とか、山とか」

 たぶんこの街と、学生時代まんまの久我の成せる技だ。前から見たかったはずの映画も、前売り券の期日も、別の世界の記憶みたいに遠くなってしまった。代わりに、窓枠にはまった空が、ソーダアイスみたいな涼しい顔でおれたちを誘っている。

 「休みの日ぐらいさー、いつもと違う風景で生きたらいいじゃん、っていま思った。
  あとおれ、映画館で無言になるために久我呼んだんじゃない、って気がした」

 無言は嫌いじゃない。嫌いじゃないんだけど、今日は無言も満喫してやりたい、って気分なのだ。
 にやっと笑って久我を見る。誘った自分がドタキャンしている勝手っぷりと、うんとは言わず、でも最終的には付き合うだろう久我のお人好しっぷりが、愉快に思えてきてしょうがない。

 「清瀬、おまえ・・・・・・」

 ふいと頬杖で余所見をする久我。影が駅まで繋がってたら・・・・・・そう呟くのが聞こえたけれど、意味がわからないから、おそらくは聞き違いなんだろう。
 はあ、と息をついて言葉を消し、今度はおれに届くくらいに、久我は声を張った。

 「そんなにアホだとは思わんかった。ここ、おごりって意味か? 俺を呆れさせてごめんなさいっていう。まあどうしても
  行きたいってんなら行ってやってもいいぜ。ちなみに俺は、『山がそこにあるから』なんて言う変態とは違うからな」
 「知ってるよ、『牛丼屋がそこにあるから』って入っちゃう変態でしょ」

 あれだけ開閉しておきながら、久我は箸を取るのを忘れている。スイと箸を差し出すと、反射的に受け取った久我が、ギョッとしておれを見た。今ごろ気づいたのか、箸を持ってなかったことに・・・・・・面白すぎるだろ。
 駄目だ、食べよう。これ以上観察してたらゼッタイ吹き出す。

 「いっただきま~す! あれ、なんかこれ大盛りなんだけど。すいませーん、紅しょうが切れてまーす!
  ・・・・・・で、何だっけ聖徳太子くん。びっくりしたけど行ってもいいけど照れくさかった、ついでにタカらせろって?
  ほんとに払おうとしたら、あわてて止めるくせに」
 「どうでもいいけど、日本語喋れよ、大盛り泥棒」

 久我の非難をよそに、おれはカレーの復讐を遂げて大盛りを頬張りながら、ぼんやりと考えた。海だな、海。電車一本だし、時間かかるけど座って行けるし、あそこ海水浴場ほど混まないし。
 空は眩しいほどハツラツとして、窓からこぼれんばかりに青かった。なのに奴ときたら、隣でまだピーピーと大盛りに文句を言っている。
 ちっちゃいこと気にすんな、久我。空はこんなに青いのに。

更新日:2011-07-06 13:21:02