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第四章 『アルバム』 1989.10.25~

=1989.10.25=

 すれ違う時を歩み1ヶ月が過ぎた頃、カズ達のアルバムが発売された。
 恵美は妹と一緒に常連になりつつあった百貨店の音楽ショップへと出向き、予約してあったCDを購入する。
 妹にも同じ物だが買ってあげ、予約特典等をきゃぁきゃぁ言いながら楽しみ家路へと戻る。
 恵美の部屋でCDコンポにて再生をすると、思いがけない曲が流れる。
 カズのソロ曲だ。
 作詞も作曲もプロの手によって作られたものだけれど、明らかにこれは事実を歌っている。
 こういう曲にして下さいと頼めばしてくれるのも知っている恵美は混乱する。
 多少変えられていても、それは自分がもらったリングであり…
 自分が…自分達が…
 声を堪えて涙を流す。

「いいお歌だね?」
 妹は涙の訳も知らず、意味も解らずともそう言ってくれる。
「う、うん。そうだね。あはは…馬鹿みたいだね、ねぇちゃん泣いて」
「ううん。そんな事ないよ」
「おなかすいたね。ラーメンでも食べるか!」
 父は恵美が帰った途端、女の所へ入り浸り帰る事をしなくなった。
 妹の世話、金銭面でも全部恵美が持っていた。

 ラーメンを出前し、妹に食べさせるが恵美は大人1人前を食べきる事は出来ない。
 ダイエット…そうではない。
 極度の拒食症なのだろうか、胃に入る事を許さないのだ。
 
「捨てられないよね…」
「えぇ~?何を?」
 即座に答える妹。
 自分が脳裏に呟いていた単語を無意識で口にしていたのを返答によって知らされる。
「あ、ううん。別に…」
「おなかいっぱいなら、こっそりポイしなよ」
「あ…あぁ…うん。そうだね」
 ラーメンの事と勘違いしてくれたようだ。
 慌てて合わせ、残ったラーメンを残飯へと変える。


 器を洗い外へと出し、妹と他愛の無い会話を繰り返し寝かす。
 また…長い夜が始まる。
 どうする事も出来ない。
 眠る事も、話す事も…。
 ただ繰り返し音楽を聴き、本を読む。

 勉強はというと、記憶力が無駄によい為にテスト前にするだけというやる気の無い受験生。
 というより、受験するつもりは無かった。
 学校で必要な中間、期末、学力テスト…それらの前に丸暗記。
 身に付かない勉強方法である。
 恵美はそれでもよいとさえ勝手に決めている。
 教員は受験を進めるが、首を縦に振ることは無かった。
 このまま父と縁を切る事になっても東京へ行こうと決めていたから。
 カズと戻る事が出来なくても、自分の居場所は東京にあると決めていた。
 なのに『あの歌』がわずかな希望を持たせる。
 偶然かもしれない。自分の為に歌を作り歌い売り出すなんて都合のいい話ある訳はない。
 

 季節は秋から冬へと変わる頃…再びコンサートツアーが始まる。
 それでも恵美は和杷から届いたチケットを破り捨てる。
 その為に東京へとわざわざ行く事は無かった。

更新日:2009-01-31 13:10:58

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