• 8 / 600 ページ
 会場について驚いたのは人の多さ。
「ねぇ、和杷この人数入れるの?」
「ん~…無理だね。多分近くにいたいって人々だと思う」
「は?何それ」
「いいから、早くこのワッペン付けて」
 身内等に配られる身分証明書的な腕章をもらう。
 道中買った花束を抱え和杷と手を繋いだまま一緒に中へと入る。

 凄い緊張感がスタッフ全員に感じられる。
 恵美はこの張り詰めた緊張感溢れる雰囲気は小さな頃から大好きだ。
 舞台は演技にしろ歌にしろ失敗は録画と違い許されない。
 独特の緊張感が心地よい。
 自分が出演する訳ではないのに気分が良かったのか自然と笑顔だった。


 彼らの楽屋へ入る前、少しあいた扉から彼らを見る事になる。
 初めての大舞台…みなが緊張している。
 笑顔のひとつもなく、男の顔をしている。

 何故か恵美はソコには行けなかった。

「ごめん…私…席に行っている…これ渡しといて」
「チョッと待ってよ恵美!!」
 和杷の静止する声も耳に届かず走り去る恵美。
 その声に驚きカズも出てくるのだが、間に合うはずもなかった。


 VIP席、招待席とも言うがそこへ座り考え込む。
 ガラス張りのその席は他のファンが入る場所とは違い、ひとつの個室のような空間
 そこへ必死に平常心を取り戻そうと1人座り込む。
 だけど『どうして』という単語が頭を駆け巡る
 何を悩んで考えているのか解らない常態だ。

「…胸が苦しい…なんだろう…」
 思わず口に出た言葉
「恋じゃないのぉ~?」
「和杷?」
「ひどいなぁ~迷子っちまったよ」
「何語よ…それ」
 引きつった顔で和杷を見上げる。
「あはは。『ありがとう』だってよ」
 和杷もケラケラ笑ながら席へと付く。
「…うん。」
「ねねね、本当に恋しちゃってる?」
 小悪魔のような瞳で、からかうが恵美の反応は薄い。
 ツマンナイ~と小さく呟き眼を閉じる。
「そういう和杷はどうなの?誰か好きな人いるんでしょ?」
「いやぁ~私の事はいいのだよ」
 馬鹿なやり取りをしていると、客入れが始り出した。
 何万人という数をスタッフが怪我のないよう誘導し時間は流れる。


 暗転…ブザー…大音響と共にスポットライト…
 会場が揺れる。
 一斉に観客の割れんばかりの声援。
 恵美は一瞬で鳥肌が立つ。
 これがアイドルなんだと思う。
 怖くも思う。
 
「私…どうしよう…」
 何故か泣いてしまう。
 涙が止まらなかった……
 そんな恵美に付き合ってくれて和杷はいつまでも頭を撫でてくれた。


 普段見せる彼は何処にもいなかった。
 わざと少年です!という、子供を演じているかのようにも見えた。
 それはアイドルという役をやっているかのようにも見えた。
 彼は何?
 彼は誰?
 私は……何…?

更新日:2009-02-04 02:43:53

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook