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第三章 『リング』 1989.7~

 終業式を終え、夏休みが始まろうとしていた。
 皆は受験という事もあり、あまり遊ぼうっていう雰囲気ではなくなっている中、恵美はそのまま空港に向かっている。
 沢山の付箋を付けた台本を片時も離さず、バスの中でも読み返している。

 空港へ到着し、土産を数点買い込むと早速手続きを済ませ待機している。
 何も考えちゃダメ…今はドラマの成功のみを考えるのだ!と自分に魔法を掛ける。

 北国から東京へと無事移動完了!
 だが、物凄い温度差なのだろうと一目瞭然。
 照りつけた太陽でアスファルトが歪んで見える…。

「うぅ~~…イヤだ…怖い」
 独り言を呟くと異様な熱気に寒気を感じた。
 目線をそっと気配に合わせるとマスコミが『誰か』を待ち構えているのだ。
 巻き込まれないように早歩きで進むと、ターゲットは恵美のようだったのか出口を出た瞬間囲まれてしまう
「恵美ちゃん、おかえりなさぁ~い」
 と、大勢のカメラマンに写真を撮られる。
 一斉のフラッシュに目が眩み躊躇していると間髪入れず質問が続く
「どうですか?1年ぶりの主演ドラマの試みは?」
「新しい事務所設立で、初めての大きな仕事ですが…?」
「初めてのグループ活動はどうですか?」
 聞き取れるだけでも、こんなに色々な単語が飛び交い何から答えていいのか解らない。沈黙し、恵美の反応を待つという優しい記者が見付けられない状況で必死に叫ぶ恵美。
「あ、あの!頑張ります…とても楽しみにしていますので、応援して下さい」
 必死に我に返り、カズとの事がバレテ大事になったのではないのかと胸中でため息を付いた時だった。
「恵美ちゃん?その指輪~~?左手にしてますね?恋人ですかぁ?」
「えっ??いえ、そんな馬鹿な。ドラマの役作りです。ファンタジーなので…ほら?こっちにもしてますよ~?内容は内緒ですので」
 ダミーでしていた右手のリングをわざとらしく強調し、ウィンクまでしておちゃらける.
 記者は『ちっ』という顔をするが、負けずとドラマとは全く関係ない質問に夢中だ。
 確かに、健全なドラマ話題より、スキャンダルの方が面白おかしく書けて尚且つ売れるのも事実。
「ごめんなさい。詳しいことは後ほどまとめて聞きますので。私、急ぎますので」

 足早にその場を去ると和杷達が丁度到着した所だった。
「ごめん、ちょっと遅れたぁ~大丈夫だった?」
 和杷は申し訳なさそうに謝罪してくれるのに、恵美はかなり不機嫌全開でいる
「恵美、怒っているでしょ?ごめんね?何も伝えてなくて。実はね、こっちではかなりの数宣伝しているんだよね」
「え?そうなの??」
「Little age自体も活動徐々に広げて行ってるよ。恵美は休養中って事になっているんだけど」
「きゅ、休養?まぁ~間違ってはいないのか?」
 腕を組み、事の全てを聞く事にした。

 Little age自体はモデルとして数多くの雑誌に出演し、同世代からの人気を集めている事。
 まだシングルデビューはしていなくても、オリジナルテーマソングと共にバラエティの司会をしていたり、アシスタントをしていたり…と…売り出し中のアイドルっぽくなっているのだという。
 今回のドラマが正式のデビューイベントって事になっているのだ。

 話を聞き終わった頃見慣れた風景、自分達の事務所に到着していた。

「そりゃぁ~来るわ…マスコミ」
 深いため息を付くと窓の外に目をやる。
「恵美がしたかった事だよね?」
 凛とした表情で和杷は恵美を見る。
「うん。そうだ…ね。頑張るよ」

更新日:2009-01-31 13:05:33

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