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第一章 『日常』 1988.1~3

 館内放送で恵美の名前が放送されてしまう。
 慌てて手続きを交わし、かなり急がされてしまった。
 でも逆にこれで良かったのかもしれない。
 もしまだ時間があれば、父との約束を無視してこの場所から逃げ出していたかもしれないからだ。

 余程ギリギリだったのか、恵美が着席すると離陸準備が始まった。
 胸中で申し訳ないと思うが、皆にすみませんというのも変な話しで黙っている。

 たった数十分の時間が嘘のように長く感じる。
 帰りたくないって思ったのは初めてだった。
 虚しさのような寂しさを感じたのも初めてだった。
 
 いつもなら田舎に帰るの恥ずかしい!というコバカにした感情に近いのが、そうではなかった。
 寂しい、不安…怖い…
 胸がきゅっと締め付けられるようなそんな感覚。
 


 和杷と最後に会話した内容が妙に心に届いた。
 けど、だけど…
 自分が自信を持って『カズの彼女』と言えるには程遠かった。
 普段異性と仲良く手を繋ぎ、恋人同士を装ったモデル撮影をしていたり
 記者の質問で好きなタイプや異性に対する質問に平気で答えているくせに
 それは決して《自分の意見》ではなく《台本》に違いなかった。
 言うべき言葉は大抵決まっていて
 言えば喜ばれる事も知っている。
 そう暗黙のルール。
 年齢層にあわせた回答なんて決まっている。
 たとえ仮に既にキスを済ませていても、していないフリ
 それは夢みた少女のような発言が決まっている。

 結局どこにもまともな回答なんて落ちてはいなくって…
 想像でしかなかった。
 和杷の言いたい事も解る。
 きっと和杷が調べたカズの悪い噂は本当だって思う。
 時折見せる彼の牙を目の当たりにすると実感する。
 けど、自分に対する彼の優しさは…?

 考えれば考えるだけ混乱するだけだった。


 結局自分から動く事をしなかった事に後悔した。
 離れて初めて気が付かされて
 離れて初めて不安に思う。

 自分は彼の何も知らないに等しかった。
 いつも受身体制で
 連絡先も何も知らなかったから…

 知っているのは名前と誕生日。
 勿論それだって和杷から聞いたデーターで
 いまや日本中の人が知っているような事。

 自分しか知らないって思うのは…
 やはり子供臭いのはテレビ用であって…本当は違うかもしれないって事。
 でもそれだって…真実という確証は無い。
 自分で知ったんじゃない。
 想像しているだけ。

 もっとちゃんと話しをしたかった…
 もっとちゃんと解りあいたかった…

更新日:2009-02-04 02:56:00

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