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 竜仙坊は道灌を殺した山伏が倒れている山王社の森の中まで戻った。両足を斬った山伏から身元を聞こうと思ったが、その山伏は胸を一突きされて死んでいた。仲間に殺されたに違いなかった。まだ、近くに仲間がいるかもしれないと身を構えたが誰もいなかった。死んでいる二人の山伏を調べてみた。やはり、どこの山伏なのか身元は分からなかった。
「という事は、道灌殿を殺した山伏と、その山伏を殺して逃げた山伏と、その山伏を殺して逃げた山伏、そして、その山伏を殺した山伏と四つの別の山伏がいたという事ですか」
「という事じゃな」
「四組の山伏が皆、それぞれに道灌殿の命を狙っていたというのですか」
「そうなるのう。それぞれが皆、別々に殿を狙っていたが、その中の誰かが実行に移した。他の者は自分たちの手柄にするために殿の首を奪って逃げたという事じゃな」
「一体、そいつらは何者なんじゃ」
「分からん。ただ分かる事は、それぞれの山伏の裏に、そいつらに殿の暗殺を命じた者がいるという事じゃ」
「四人も?」
「それは分からん。三番目の山伏は殿を殺した山伏の仲間だったのかもしれん。そして、四番目の山伏は二番目の山伏の仲間だったのかもしれん」
「何がなんだか分からなくなって来たわ」
「ただな、一つ、分かる事がある」
「何です」
「敵は湯殿から出て来た。わしはお屋形内に潜入した後、一回りしてみて湯殿に湯を運んでいるのを見つけた。これはきっと、お茶会の前に、客たちを湯で持て成すに違いないと思った。わしは湯殿が一番、危ないと思い、湯殿の見える祠の中に隠れた。思っていた通り湯殿に吉良殿が現れた。そして、次に殿が入った。わしはずっと祠から見ていたが湯殿の庭の中に忍び込んだ者はいなかった」
「という事は、敵はすでに湯殿の中に隠れていたと」
「そういう事になる」
「という事は敵は殿が風呂に入る事を知っていたという事ですか」
「かもしれん」
「とすると、お屋形様の配下の山伏という事ですか」
「そうとも決められん。わしらより早く来て、風呂の用意をしているのを見て、待ち伏せしておったのかもしれん」
「うーむ‥‥‥一体、誰が‥‥‥」
 銭泡は腕組みをして唸った。
 竜仙坊は眉間にしわを寄せて山門の方を睨んでいた。
 突然、「銭泡殿」と上の方から声がした。上を見ると木の上に風輪坊が座っていた。
「銭泡殿、竜仙坊殿の言った事は嘘ですぞ」
「何じゃと、なぜ、わしが嘘を付かなくてはならんのじゃ」
「そんな事は知らん。知らんが下手人を追ったのは、このわしだ」
「何じゃと」
 風輪坊は木から飛び降りると、二人の前に立った。
「風輪坊殿も下手人を追ったというのか」と銭泡は聞いた。
 風輪坊は頷いた。「逃げられましたが追った事は事実です」
 風輪坊は書院の床下に隠れて湯殿を見張っていた。湯殿から異様な物音がした後、何かを抱えて塀を飛び越えて出て来る山伏があった。風輪坊は後を追った。
 山伏は土塁を登り、飛び降りると、あらかじめ濠に架けておいた竹の棒を渡り、竹の棒を濠の中に落とすと逃げて行った。風輪坊は鉤縄(かぎなわ)で竹の棒をたぐり寄せて濠に渡し、その上を渡って山伏を追った。
 山伏はお屋形の東側にある林の中に逃げ込んだ。風輪坊が追って行くと、すでに何者かに殺されていた。林の先の方で人の気配がした。行ってみると山伏同士が戦っていた。風輪坊の前にも山伏が現れ、風輪坊にかかって来た。風輪坊はそいつを倒したが、戦っていた山伏のうちの一人は殺され、もう一人は道灌の首と共に消えていた。風輪坊は逃げて行った山伏の後を追った。相模川の側まで追って行ったが、ついに、取り逃がしてしまった。竜仙坊と同じように、死んだ山伏を調べてみたが何も分からなかった。
「どういう事じゃ。道灌殿の首は二つもあったのか」銭泡が驚いて、二人の顔を見比べた。

更新日:2011-06-05 12:11:21

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