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 銭泡は道灌の話を風輪坊に話した。
「本当ですか」と信じられないようだった。
「うむ。早雲殿を早く、呼び戻して欲しいそうじゃ。早雲殿が駿府に戻り次第、道灌殿は兵を引き連れ、駿府に向かう」
「ようやく、竜王丸殿が今川家のお屋形様になるんですね」
「そういう事じゃ」
「いよいよ、あの小鹿新五郎の最期なんですね」
「それは分からんよ。道灌殿は戦をしに行く訳じゃない。十年前の約束を実行させるだけじゃ」
「しかし、あの新五郎が簡単にお屋形の座を竜王丸殿に渡しますか」
「道灌殿が話を付けに行くんじゃ。新五郎でも道灌殿には逆らえまい」
「それはそうですけど、あの新五郎が簡単に引き下がるとは思えません。とりあえずは、道灌殿の顔を立てて引き渡すとは思いますが、道灌殿が帰ったら竜王丸殿を攻めるかもしれません」
「うむ。ありえんとは言いきれんのう」
「新五郎は生きている限り、竜王丸殿に逆らい続けるでしょう」
「うむ‥‥‥」
「新五郎を殺すしかありません」
「‥‥‥」
「どうしたのですか」
「今、ふと思ったんじゃが、新五郎にとっても道灌殿というのは邪魔な存在なんじゃとな」
「それは邪魔でしょうね。道灌殿が睨んでいるので、新五郎としても思い切った事ができないのです。もし、道灌殿がいなかったら、竜王丸殿が今まで無事に生きていたとは考えられません」
「うむ‥‥‥道灌殿がいなくなったら竜王丸殿を暗殺する事もできるという訳じゃな」
「できるでしょうね。暗殺したからと言って、関東から兵が攻めて来る事はあり得ませんからね」
「風輪坊殿、この江戸の地に小鹿派の山伏はおらんのか」
「勿論、おります。ここにいる駿府の浅間明神の山伏は皆、小鹿新五郎の配下です」
「成程、奴らが小鹿派だったのか‥‥‥」
「はい。奴らがいるため、わしらは駿河の山伏ではなく近江の山伏として、ここにいて、奴らの事も見張っているのです」
「近江の山伏?」
「はい。お頭の配下は近江の者が多いのです。お頭は以前、近江の飯道山(はんどうさん)の剣術師範をしていました。その関係で、お頭の配下の者は飯道山の修行者が多いのです」
「そうか。飯道山の山伏として、ここにおったのか。飯道山なら、わしも知っておる。小太郎殿と行った事もあるし、宗祇殿の種玉庵を訪ねた折には必ず、飯道山に登っておる」
「宗祇殿といえば連歌師の?」
「そうじゃ。飯道山の近くに住んでおってのう」
「へえ、そうだったんですか。宗祇殿は三年程前、ここに参りました」
「おう、そうじゃったの。そうか、飯道山の山伏じゃったか‥‥‥」
 飯道山は近江の国(滋賀県)の甲賀にあって、山伏の拠点であり、また、武術道場として栄えていた。甲賀、伊賀はもとより、各地から若い者たちが武術の修行をするために集まっていた。風輪坊も甲賀に生まれ、飯道山で修行を積んだ一人だった。その飯道山で教えている『志能便(しのび)の術』は、風摩小太郎の弟子の太郎坊(愛洲移香斎)があみ出した術だった。後に、この志能便の術は甲賀、伊賀に広まって、忍びの術と呼ばれ、甲賀者、伊賀者は忍びの者と呼ばれるようになるが、当時はまだ、その呼び名はなく、彼らは山伏として諜報活動を行なっていた。
「ええと、何の話をしておったっけ」
「小鹿派の山伏の事でしたが」
「おお、そうじゃった。さっき、竜仙坊殿と会って話を聞いたんじゃが、今、この城下には道灌殿の命を狙っておる刺客が大勢入り込んでおると言う。もしかしたら、小鹿派の山伏たちも道灌殿の命を狙っておりはせんか」
「まさか‥‥‥まさか、そこまでは」
「分からんぞ。新五郎にしたら自分が今川家のお屋形様でおられるかどうかの問題じゃ。道灌殿さえいなくなれば、このまま、今川家のお屋形様でいられる。命を狙うという事は充分に考えられる事じゃ」
「確かに‥‥‥」
「その辺の所も充分に注意して見張っていてくれ」
「はい。分かりました」
「それとのう。わしは明日、道灌殿と一緒に糟屋のお屋形様の所に行く。お屋形様も道灌殿を煙たく思っておられるそうじゃ。何事も起こらんとは思うが、ちょっと心配でな、そなたらも道灌殿を見守ってくれんか」
「糟屋に行かれますか。分かりました。わしも付いて行く事にしましょう」
「頼むぞ」
「はい。早雲殿の事はさっそく、お頭に伝えます」
「そうしてくれ」
 銭泡は風輪坊と別れると、真っすぐに城の方に向かいかけたが思い止どまり、左側に曲がって、お志乃のいる『善法園』に向かった。糟屋に行けば、しばらく会えなくなる。今晩はそっちに泊まろうと思った。

更新日:2011-06-05 09:55:52

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