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ついていきたい

「静のご両親は、もしかして、もう届けを出したことをご存知だった?」
「ああ、そりゃあね。」

 昼休み、おにぎりを食べながら、向かいに座る静を見ると、彼は鶏唐揚げを幸せそうにぱくついていた。自分で料理するくせに、そういう惣菜ものも普通においしそうに食べる彼を、不思議な思いで見つめる。

「反対とか・・・されなかったんですか?」
「なんで?」
「だって・・・素性も知れない人間を・・・。しかも、会って数日だったじゃないですか。」
「そういう経過は知らないよ。それに、彼らだって、出会ってその日に恋に落ちて、母は男を追っかけて家を出ちゃった人だし。あまり子どもに干渉しない親なんだよ。妹には女の子だから、さすがに多少気を使っていたけど、もう、俺は30過ぎてるしね。」

 でも、だって・・・私は、まだ言ってないことがある。

「天音ちゃん、君、毎月2ヶ所くらいに送金してるだろ?」
「・・・ええっ???」

 突然、その話題を振られて私は焦った。

「手数料がもったいないから、俺が一旦立て替えるよ。そして、給料から差し引くってのはどう?」

 ごく普通のことを話すみたいに、静はおにぎりをもぐもぐ食べながら言った。

 なんで、分かったの?と思ったが、そういえば、こいつは、「給料はこの口座に振り込むから。」と言って勝手に通帳とカードを作り、暗証番号まで勝手に私の誕生日と諸々を合わせたもので作った上で、カードだけをくれたのだ。通帳の名前がそのときすでに、姓が‘東尾’になっていたから、見せられなかったんだろう。

「いくら、残ってるの?負債。」
「・・・知ってたんですか?」
「いや、送金してるってのはそういうことかな、と思っただけ。」
「・・・270万くらい・・・です。」
「了解。それとも、送金するより、会いに行ってみる?お礼とお詫びを兼ねて。それから、ご両親のお墓参り兼結婚の報告に。」

 静が、あまりに変わらない瞳で微笑むので、私は思わず目をこらして彼の表情を見つめてしまった。

「どうしたの?」
「・・・いえ。あの、でも、良いんですか?だって、それは私の両親の借金で、静には関係ないことなのに。」
「関係ない訳ないじゃない。君のご両親だったら、俺の親でもあるんだよ。」
「でも、・・・その、そういうことって、嫌悪感、ないですか?」
「何に?」
「借金という事実に。」

 痛い思い出が蘇ってくる。あのときの先輩の、冷たく侮蔑の意をあらわにした瞳。

 あのとき、自分がどれだけ傷ついたのか、むしろ静の穏やかな瞳の光に知った。

「ないよ。それは、ご両親が必死に夢のために頑張った証だ。それが悲しい結果に終わったことは仕方がない。お金を貸してくれた人には返済して、君はまた出直せば良いんだよ。」

 事も無げに、静は言った。

「俺も君の生まれ育った町を見てみたいしね。」

 微笑む彼の目は、優しい光でいっぱいだった。

更新日:2011-06-25 08:28:25

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