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「それに・・・旦那じゃないですから。」

 今さらなんだが、ちょっと反抗的な気分になって、私は言った。
 すると、彼は、へえ・・・とまじまじと私を見つめる。

 ・・・え?と思ったときには大抵遅い。

「じゃあ、天音ちゃんはフリーなんだね?」

 その笑顔がちょっとイヤな感じがした。
 答える間も与えられず、小牧さんは私の腕を掴み、ぐいと引いた。

「ちょっとだけ、付き合ってよ。せっかく会ったんだし。」
「え???ちょっと・・・っ」

 静の患者だと思えば、それほど邪険にも出来ない気がして、私は何がなんだか分からずに、引きずられるように小牧さんに腕を引かれていく。

 小牧さんが入って行ったのは、地下にあるなんとなく怪しい喫茶店。

 客が扉から入って来ても、カウンターの奥にいるマスターはほとんどこちらを見向きもしない。

 良いのか?そんな無愛想で・・・。
 小牧さんはさっさとテーブル席に陣取って、私を奥へ座らせる。

「マスター、ランチセット2つ。いつものやつ。」
「えっ???あの、本当に私は・・・」
「まぁ、そう遠慮せずに。」

 小牧さんが微笑む。薄暗い店内。目が慣れてよく見ると、奥にも人が数人いるようだ。

 不意に、携帯電話が振動する。ついでに、さっき自動販売機で買って一気飲みしたジュースのせいで、トイレに行きたくなる。

「すみません、ちょっとお手洗いに・・・。」

 私がもじもじすると、一瞬私を見据えた小牧さんは、はい、という風に席を立って、外へ出してくれる。奥にお手洗いの案内表示が見えて、私は慌ててそこへ入り込んだ。

更新日:2011-06-21 19:52:29

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