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静の家族

 治療院には寄らず、静は自宅にそのまま戻り、え???と思っている内に、下りて、と言われて私も下ろされた。

「あの~・・・まだ、何か仕事が?」
「今日はもう終わり。」
「じゃあ、私は帰っても・・・?」
「まさか。」
「・・・はい?」

 静は、玄関の扉を開けて、どうぞ、という仕草をする。

 ちょっと待ってよ。そんな契約では・・・、もとい、そういう話ではなかったよね?

 茫然と彼を見上げて玄関先につっ立ったままの私に、静は「まあ、入って。」と言いながら先に中へ消えていく。

「昼食でも一緒に食べよ。」

 そういえば、そろそろお昼を過ぎた辺りだろうか?
 私は、仕方なく促されるままに彼の家にあがる。

「先にシャワー浴びる?」
「・・・へっ?」
「汗かいたろ?」
「いえ、それほどは・・・。」

 静は、ふうん、と頷く。

「じゃ、俺、先にシャワー浴びてくるから、天音ちゃん、喉渇いてたら適当に冷蔵庫から飲み物出して飲んでて良いからね。」
「・・・はい。」

 奥へ消えた彼の背中を見送って、ダイニングに一人残された私は、ふとリビングのソファに視線を移す。リビングの大きなガラス戸から、レースのカーテンを透かして光が入り込み、暑いが、どこか明るくて気持ち良さそうだった。

 静の家のリビングは、そのままダイニングテーブルの置かれたスペースと、更に反対側にキッチンと続いていて、仕切りがなく一直線につながっている。そして、リビングの窓からは庭が見える。誰が手入れしているのか、花をつける落葉樹や、紅葉、常緑樹が良いバランスで植えられている。

 日本的、という風でもなく、かといって西洋的でもなく、微妙な落ち着かなさを感じさせる。その奇妙さが不快でなはく、目に楽しい風情で一定の秩序を保っているのだ。

「良いなぁ、こういう庭。」

 窓辺に佇んで私は庭を眺める。父も母も忙しくて、ゆっくり庭いじりなんて出来なかったが、彼らも植物は好きだった。他人の家の庭を眺めては、いつかこんな感じに造ってみたいね、などと話している姿を見ていた。

「何見てるの?」

 不意に背後から声が聞こえて、私は飛び上がりそうになる。ジュータン張りのこの空間は人の足音を消してしまうようだ。いや、それにしても、人が近づいてくる気配も感じなかったんだけど。

「何かおもしろいものでもあった?」

更新日:2011-06-13 07:40:57

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