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仕事裏表

「おや、先生、やっと新しい人を入れたんだね。」

 入ってくる患者さんは常連さんが多いのか、けっこう気さくに声を掛けてくる。中年のおじさんや、おばさんも多いが、若い女性も多い。

 そして、男性の患者には静は必ず一言付け加えるのだ。

「そうだよ。天音ちゃんだよ、でも俺の奥さんなんだから、手を出さないでね。」
「ち・・・っ、違いますっ・・・まだ・・・っ」

 真っ赤になって否定すると、患者さんはのんびりと言う。

「まだ?ああ、近々ってこと?」

 更に墓穴を掘る。

 延々とそれをやられるので、途中からもう否定するのも疲れてしまった。別に患者さんにどう思われてたって良いや、と私は諦めモードに入ってしまったのだ。

「先生もやっと結婚されたのか。良かったね、若い奥さんもらえて。」

 静の言葉に、にこにこ笑顔を返されると、私も「・・・よろしくお願いします。」と微妙に引きつりながら笑顔を返すしかない。よく考えたら、患者さんに訴えたところで、どうしようもないのだ。

「届けを出さなくたって、事実婚状態だね。」

 昼休み、仕事よりも静の言葉に翻弄されてぐったりと疲れ切った私に、静は憎らしいほど満面の笑みでそんなことを言う。

「・・・もう、どうでも良いです。別に中年のおじさん方に独身だってアピールしたい訳じゃありませんし。」

 やけくそになって言うと、静は大笑いする。

「俺は、君を守ってるつもりなんだけどなぁ。」

 事務所の机の上で恨めしそうに彼を見上げる私に、静は言った。

更新日:2011-06-08 08:12:24

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