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マフラー 熱帯魚 ジャンボプリン

 さっきから女の子が同じ水槽をじっと眺めている。ポンプから出る泡がおもしろいのか口をパクパクさせながら泳いでいる熱帯魚がおもしろいのかわからないけれど、鼻と水槽がぶつかりそうなほど見つめている。
 他に客がいないのと女の子がこちらを気にしていないようなのでぼくも遠慮せずに女の子をじっと眺める。
 小学校高学年だろうか、水色の手袋をはめた手はビニール袋をしっかり握っている。中身は袋のシワから察するに、プリンの容器だろう。大きさからしてジャンボプリンのようだ。ぼくも昔は好きだったが、今はあのわざとらしい甘ったるさが苦手になった。ひとつ、大人になったということだろう。
 店内にはコポコポいうポンプの音とジーという低くかすかな振動を伴う作動音以外何も聞こえない。
 この店でバイトしてそろそろ1週間になる。
 「今の学年が終わったら大学を辞めたい」と両親に打ち明けたのが1ヶ月前。それから2週間、父親からの質問攻めと母親からの「あんなに頑張るって言ってたのに」攻撃に耐え、説得させることに成功、というか「勝手にしろ」と放り出された。「家を出て行け」とは言われなかったが居づらいのは間違いなく、一人暮らしの友達の家に転がり込んだのが2週間前。特にすることもなく家を出て適当に電車に乗ってなんとなく降りた駅をぶらぶらしてこの熱帯魚専門店を見つけたのが1週間前。やる気のない字で書かれたバイト募集の広告を見て合いそうだ、と思い熱帯魚なんか全然好きじゃないのに応募し、採用された。
 店長は一応、といった感じで熱帯魚の飼い方やら用具の使い方やらを説明してくれたけど実際客なんてほとんど来なくて、店番1割読書9割といった感じだ。
 今日は持ってきた本をもう読み終えてしまったので暇を持て余していた。そこに先ほどの女の子が登場。つまり彼女はぼくの救世主である。

更新日:2009-01-04 14:40:49

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