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深い、森の奥で



「……こりゃ、すげぇな。」

 樹海の中は、静まり返っていた。生き物の気配はまるでせず、ただ静寂だけがそこにあった。探せば、昆虫くらいは見付かるだろう。でも、他の生き物は恐らく――いない。

「……寒ぃ……。」

 肌を刺すような寒気が、森全体に広がっているように思えた。まだ太陽が昇っていないからと言うのもあるだろうが、それでも空は徐々に明るくなり始めている時間だ。なのに樹海はあまりにも暗く、寒く、恐ろしい気配に包まれていた。
 どうして、こんなにも生き物の気配が無いのだろう。
 俺は慎重に周囲の様子を窺いながら、一歩一歩、着実に樹海の中心部を目指して歩き続ける。
 ミレーユの言った通り、大人しく引き下がれば良かったのかも知れない。でも俺は、何としてもハルクを救いたいのだ。ハルクは俺の双子の弟で、この世でたった一人の、血の繋がった家族なのだから。
 元はと言えばあの原因不明の奇病も、そもそも俺の両親が死んだのも……全部、俺が原因なのだろうし……。

「……何処だよ、……出て来いよ、不死鳥……。」

 ……ハルクを、このまま死なせてなるものか。
 まだ、一度も兄貴らしいことなどしてやれていないのだ。ハルクは、俺なんかと違って出来の良い弟だから……俺より先に死なせるなんて、そんなこと絶対に認められない。
 しかし、それでも俺にハルクが救えないと言うのなら――。

「……!」

 情報では、不死鳥は山に棲んでいるとのことであった。しかし俺は、唐突に樹海の中で開けた場所に辿り着き、そこで一人の少女と遭遇する。
 それは偶然だったのか、それとも奇跡だったのか。……この時の俺は、そんな事を考えている余裕なんてどこにも無い。あろうはずもない。
 ただその異常な光景を前に、混乱と恐怖でどうにかなりそうな頭を必死に抑え付けて、何とか言葉を発する努力をするしかなかった。

「な、……お……ッ、お前……ッ……なにを……!」

 俺は――情けない話だが、恐怖と混乱で足が竦んでいて、とにかく強気な姿勢を崩すまいと、気をしっかり持つのだけで精一杯で――。
 表情はとっくに平静など保っていなかっただろう、でも言わせて貰うが、俺はまだそんな衝撃的な光景を目撃するには、あまりにも若いのだ……!

「……何を喰ってるんだッ、お前……!!」

 結局のところ、俺はそう問い掛けることしか出来なかった。
 その、樹海の中に突如として現れた不思議な広場の中心で、もくもくと“ナニカ”を食べている少女に――ただ何を食べているのかと問い掛ける以外の行動を、俺は選ぶ事が出来なかった。
 だって。次は自分なのかと。
 そんな恐怖に、曝されていたのだから……。

更新日:2009-05-30 15:06:26

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