- 33 / 175 ページ
山伏流剣法
1
太郎は五ケ所浦に帰って来た。
まるで、乞食のような格好になり、気でも狂れたかのように目の焦点も定まらず、歩くのもやっとのようだった。
祖父、白峰の屋敷までたどり着くと太郎は倒れた。
山の上から故郷の海と町を見て、感激したのは覚えている。その後は、もう無我夢中で山を下りた。
太郎は肉体的にも精神的にも疲れ果て、二日間、眠り込んでいた。
目を覚ました時、側に父が座っていた。
父に何かを言おうとしたが、何を言っていいのか、わからなかった。
「面白かったか」と父は言った。
太郎は父の顔を見つめ、ただ頷いた。
父は笑った。
「わしもな、お前位の頃、家を飛び出した事があった‥‥‥爺さんもあったらしい‥‥‥うちの血筋らしいな‥‥‥人にはな、それぞれ、やるべき事というものがある。そして、それは自分で見つけなくてはならん。お前がこれから何をやるべきかを‥‥‥」
太郎は父の顔を見ながら泣いていた。なぜか、父の声を聞いたら急に涙があふれてきて止まらなかった。
父はそれ以上は何も言わず、ただ、太郎を見守っていた。
太郎は安心して、また、眠りの中に入っていった。
太郎は元気になると山に登った。
小春にも会いに行ったが、彼女はいなかった。
母親に聞くと、「あれは、嫁に行った」と言った。
「どこに」と聞くと太郎から顔をそむけ、「遠い所だ」と言うだけで、何も教えてくれなかった。
太郎は山の頂上から遠い水平線を見つめていた。
旅から帰って来てから何もやる気がおきず、山に登ってはぼうっと海を見ていたりしていた。
父も祖父も何も言わなかった。
『お前はもう大人だ。自分の事は自分で考えろ』
『お前のやるべき事があるはずだ。それを見つけて、ちゃんとやれ』
太郎の脳裏からは、自分の目の前で殺されていった者たちの苦痛の顔や悲鳴が離れなかった。
それに、嫁に行ってしまった小春の事も忘れられなかった。
どうして、俺が帰って来るまで待っていてくれなかったんだ。
たったの一ケ月じゃないか‥‥‥
「俺は一体、何をしたらいいんだ」
「俺がやるべき事とは、一体、何なんだ」
太郎は毎日、それを考えていた。
快晴和尚が何かを教えてくれないかと思い、長円寺にも行ってみたが、和尚はまだ帰って来ていなかった。誰もいない寺の本堂の奥に古ぼけた黄金色のお釈迦様が留守番していた。太郎は独り、本堂に座り込んでもみたが答えは得られなかった。
十日余りが過ぎた。
太郎は今、山頂から沈む夕日を睨んでいた。
「これだ!」と太郎は叫んだ。「これしかない!」
太郎は刀を抜くと目の前に水平に捧げ、刀の刃を見つめた。
とにかく、強くなる事だ‥‥‥
強くなければ何もできない‥‥‥
太郎は立ち上がると刀を構え、気合と共に、夕日に向かって刀を振り下ろした。
次の日から、太郎は変わった。
夜明け前に起きると海に出掛けた。
小舟に乗ると誰も来ない入江に行き、小舟に乗ったまま、重い木剣の素振り、槍の素突きをした。祖父の自慢の強い弓を借りて弓の稽古もした。そして、帰ると朝食を取り、祖父を相手に剣槍の稽古、弟の次郎丸に稽古をつけてやったりして、昼からは山に入り、山の中を走り回り、立木を相手に木剣を振り回した。
太郎はみるみる強くなっていった。
初めの頃は祖父、白峰も太郎を簡単にあしらっていたが、一ケ月もすると白峰も油断ができなくなる程の腕になっていた。
太郎は五ケ所浦に帰って来た。
まるで、乞食のような格好になり、気でも狂れたかのように目の焦点も定まらず、歩くのもやっとのようだった。
祖父、白峰の屋敷までたどり着くと太郎は倒れた。
山の上から故郷の海と町を見て、感激したのは覚えている。その後は、もう無我夢中で山を下りた。
太郎は肉体的にも精神的にも疲れ果て、二日間、眠り込んでいた。
目を覚ました時、側に父が座っていた。
父に何かを言おうとしたが、何を言っていいのか、わからなかった。
「面白かったか」と父は言った。
太郎は父の顔を見つめ、ただ頷いた。
父は笑った。
「わしもな、お前位の頃、家を飛び出した事があった‥‥‥爺さんもあったらしい‥‥‥うちの血筋らしいな‥‥‥人にはな、それぞれ、やるべき事というものがある。そして、それは自分で見つけなくてはならん。お前がこれから何をやるべきかを‥‥‥」
太郎は父の顔を見ながら泣いていた。なぜか、父の声を聞いたら急に涙があふれてきて止まらなかった。
父はそれ以上は何も言わず、ただ、太郎を見守っていた。
太郎は安心して、また、眠りの中に入っていった。
太郎は元気になると山に登った。
小春にも会いに行ったが、彼女はいなかった。
母親に聞くと、「あれは、嫁に行った」と言った。
「どこに」と聞くと太郎から顔をそむけ、「遠い所だ」と言うだけで、何も教えてくれなかった。
太郎は山の頂上から遠い水平線を見つめていた。
旅から帰って来てから何もやる気がおきず、山に登ってはぼうっと海を見ていたりしていた。
父も祖父も何も言わなかった。
『お前はもう大人だ。自分の事は自分で考えろ』
『お前のやるべき事があるはずだ。それを見つけて、ちゃんとやれ』
太郎の脳裏からは、自分の目の前で殺されていった者たちの苦痛の顔や悲鳴が離れなかった。
それに、嫁に行ってしまった小春の事も忘れられなかった。
どうして、俺が帰って来るまで待っていてくれなかったんだ。
たったの一ケ月じゃないか‥‥‥
「俺は一体、何をしたらいいんだ」
「俺がやるべき事とは、一体、何なんだ」
太郎は毎日、それを考えていた。
快晴和尚が何かを教えてくれないかと思い、長円寺にも行ってみたが、和尚はまだ帰って来ていなかった。誰もいない寺の本堂の奥に古ぼけた黄金色のお釈迦様が留守番していた。太郎は独り、本堂に座り込んでもみたが答えは得られなかった。
十日余りが過ぎた。
太郎は今、山頂から沈む夕日を睨んでいた。
「これだ!」と太郎は叫んだ。「これしかない!」
太郎は刀を抜くと目の前に水平に捧げ、刀の刃を見つめた。
とにかく、強くなる事だ‥‥‥
強くなければ何もできない‥‥‥
太郎は立ち上がると刀を構え、気合と共に、夕日に向かって刀を振り下ろした。
次の日から、太郎は変わった。
夜明け前に起きると海に出掛けた。
小舟に乗ると誰も来ない入江に行き、小舟に乗ったまま、重い木剣の素振り、槍の素突きをした。祖父の自慢の強い弓を借りて弓の稽古もした。そして、帰ると朝食を取り、祖父を相手に剣槍の稽古、弟の次郎丸に稽古をつけてやったりして、昼からは山に入り、山の中を走り回り、立木を相手に木剣を振り回した。
太郎はみるみる強くなっていった。
初めの頃は祖父、白峰も太郎を簡単にあしらっていたが、一ケ月もすると白峰も油断ができなくなる程の腕になっていた。
更新日:2011-05-16 14:56:04