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京の都

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 なれや知る都は野辺の夕雲雀(ひばり)あがるを見ても落つる涙は‥‥‥
 『応仁記』の中で細川家の家臣、飯尾常房が京の都を詠んでいる。
 京の都、それは焼け野原に変わってしまっていた。
 合戦の勝敗はつかないまま膠着状態に入っている。東軍も西軍も互いに陣地の防御を固めて睨み合っていた。
 一年以上も続く合戦で、両軍とも数多くの死傷者を出したわりには、戦果ははかばかしくなかった。
 そして、今、この合戦の主役は武士から足軽たちに移っている。彼らは一応、東軍、西軍と分かれているが、やっている事は、ただ、京の町を破壊するだけの事だった。彼らにとって、東軍が勝とうが西軍が勝とうが、そんな事はどうでもよかった。ただ、公然と白昼堂々と放火、略奪、強盗ができる事で喜んで走り回っていた。
 合戦そのものは停滞し、京は焼け野原になり荒れ果てていった。



 途中、山の中で何度か足軽たちに襲われたが、何とか切り抜け、新九郎、太郎、曇天の三人はようやく都に到着した。
 すでに暗くなっていた。
 戦火に焼かれた南禅寺の近くにあった空き家で夜を明かすと、新九郎は早々と、どこに行くとも言わずに出掛けて行った。
「縁があったら、また会おう。まあ、無駄死にだけはするなよ」と新九郎は二人に言うと、笑って手を振った。
 残された二人は顔を見合わせた。
「俺たち、どうするんだ」と曇天が心細げに言った。
「どうするって、決まってるだろう。京を見に来たんだから、早く、見に行こうぜ」
 強気に言っても、心細く思っているのは太郎も同じだった。
 京に入るまでは一緒に行動する、というのは最初からの約束だった。それでも、京に入った途端に放り出されるなんて、二人とも思ってもみなかった。新九郎は京に詳しそうだし、少し位は京の町を案内してくれるだろうと、二人とも勝手に思って安心していた。ところが、新九郎は京の事を何も教えずに、さっさとどこかに消えてしまった。
 今、京にいるのは確かだが、右も左もわからない。今、自分たちがどの辺にいるのかさえ、さっぱりわからなかった。
「大丈夫かよ」と曇天が心配そうに言った。
「お前、京にいた事あるんだろう」と太郎は曇天に聞いた。
「あるさ。しかし、俺が知ってる京はこんなひでえ所じゃなかったし、ここがどこなのか全然、わからん」
「とにかく、出よう。いつまでも、ここにいるわけにはいかないだろう。外に出れば何か思い出すさ」
 二人は恐る恐る、焼け野原に出た。
「これが、京か‥‥‥」
 二人の目の前に広がる京の風景は、あまりにも悲惨過ぎた。
 夕べは暗くてわからなかったが、焼け落ちた南禅寺の回りには乞食や浮浪者たちが群がっていた。ただの乞食なら、どこの寺にも必ずいるが、ここにいるのは皆、死んでいるのか生きているのかわからない連中ばかりだった。どす黒い顔は目がくぼみ、ほお骨が飛び出し、骨と皮だけの体は腹だけがふくれていた。前に見た事のある地獄絵の中の餓鬼(がき)にそっくりだった。また、この風景は地獄絵そのものだった。
 二人を見ると乞食たちはもぞもぞと動き出し、言葉にならない声を発し、二人の方に手を差しのべて来た。
 太郎と曇天は気味悪くなって、慌てて逃げ出した。
 この辺りは南禅寺の門前町として栄えていたのだろうが、今はその影もない。参道の両脇の建物はほとんどが焼け落ちていて、焼け残っている建物も無残に破壊されていた。
 二人はまだ、焼け残っている町を目指して南禅寺と反対の方へ歩いて行った。

更新日:2011-05-16 14:42:45

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