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第一部隊


「本日より第一部隊に配属となりました、クロード・アーラルといいます」


この国の為、この命と魂を捧げる事を誓います。
金髪の少年――クロードが深々と頭を下げると、長身の男は吹かしていた煙草の火を靴底で消し、それを吸殻入れに放る。
硬質そうな赤い髪を後ろに固め、深緑色の縁の眼鏡をかけている男は、クロードが配属されることとなった第一部隊の隊長だ。
クロードはちらりと彼の傍にある机の上に目を向けてみると、その吸殻入れには煙草が山盛りになっており、この男がかなりのヘビースモーカーだと推測が出来る。
しかし、部屋の壁には『火気厳禁』との張り紙が貼られている。
それを無視したまま、男は別の煙草を取り出して火を点けた。



「クロード、だっけ?そんな固くなんなって」
「ですが、」
「ここは戦場じゃないんだから、肩の力を抜いとけ」



いざと言う時に体が思うように動かなくなるぞ?
そう言われて、少しだけ肩の力を抜けば、男は満足そうに頷いた。
ちらりと壁にかけてある時計を目にした男は、早々に点けたばかりの煙草の火を消し、吸殻入れにあった煙草と一緒にゴミ箱へ捨てる。



「あいつに見つかったら煩いからなぁ」
「あいつ……?」



呟かれた言葉に首を傾げると、扉がゆっくりと開かれる。振り返ってみると、扉の前には青年が立っていた。
青い髪は右サイドが長めで、左サイドをピンで止めている特徴的な髪型に、吸い込まれそうなくらい透き通った闇色の瞳は、端麗な顔立ちをしているその青年にピッタリだった。



「煙草臭い」



鼻を押さえ、顔を顰めながら放たれた言葉に、思わず身を固くする。
先程まで男が吸っていた煙草の臭いが、当然だが消える事はなかった。
カツカツと黒いブーツの音が聞こえ、クロードの横を通り過ぎた青年は男の頭を持っていた分厚い本で叩いた。
それも思いっきり。


「『火気厳禁』って書いてあるのを見なかったの?まさか、この字が読めないわけじゃないよね?」
「いいじゃねーか。煙草の1本や2本」
「アンタの場合、その何十倍も吸ってるんだよ。早死にしたいの?」


男の胸ポケットにしまってあった煙草とライターを取り上げると、青年はそれを自分の胸ポケットにしまった。
恐らく、『火気厳禁』という張り紙を貼ったのはこの青年だろう。
部屋の臭いの原因を突き止めた青年はクロードに顔を向け、しばらく考え込むように顎に指を添えた。


「…あぁ、そういえば新入りが来る手筈だったね」
「あ、はい!初めまして、俺は―――」
「クロード・アーラル、だろう?」
「は、はい」
「事前に資料を見たから、名前だけは覚えていたんだ」


端麗な顔でニコリと笑った青年はクロードに背を向けて窓を開ける。
流れてくる風が篭もっていた煙草の臭いを吹き消し、空気が澄む。
窓から見える空は相変わらず灰色だが、それでも今日はまだ澄んでいるほうだ。

――この灰色の空の原因は、敵国の兵器から漏れ出すガスだ。
吸い続ければ人体に影響を及ぼし、やがては死に至る。
それほど害のあるものだ。ただ、それを壊したとしても空気が汚染され、それすらも人体に悪影響を及ぼす。
これ以上増えさせないように、数年前にロイス国王が交渉したが、敵国の王はそれに聞く耳を持たずにこの国に攻め入った――


「それにしても、こんな時期に配属とは……上の奴らも余裕がないみたいだね」
「仕方ないだろう。そろそろ敵さんも痺れを切らす頃合だ」
「――それって、どういう…?」
「近々、街にも被害が出るという意味だ。その為に、士官学校を優秀な成績で卒業した奴らを片っ端から勧誘してるんだとさ。やれやれ、上の奴らはこんな時だけ手が早いもんだなぁ…」


クロードの呟きに男は眼鏡のブリッジを押し上げながら答える。
被害。つまりはこの街も戦場と化すということだ。
その被害を最小限に食い止めるためには、やはり戦力がいる。
士官学校を優秀な成績で卒業したのは数名だったが、その内の1人が第一部隊に配属されるという寸法だと言うのだ。
恐らく、クロード以外で配属された生徒は、初めはクロードを羨ましがったりしただろうが、その事実を知らされたとなれば、「配属されなくて良かった」などと胸を撫で下ろしているだろう。


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更新日:2011-05-16 11:10:37

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