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最終章 その透徹なる瞳を

 〔1〕


 亜弥子の亡骸を抱き、将成は離れの自室へ向かった。
「明日の朝まで、二人きりにして欲しい」と言われ、駆けつけてきた執事の鈴城が色めき立つ部下を制した。万由里は深手を負っていたが、看護師資格を持つという久米の判断では、命に別状無いようだ。
「後は、お任せ下さい」
 鈴城、久米、そして確か真壁と名乗る男達が、部下を使い淡々と現場を処理していく。
 将隆が、康則に歩み寄った。
 どう、声を掛けるべきだろう? 何も言わず、いまはただ……。
 康則も将隆に向かって、一歩踏み出す。
 が、その一歩は宙に浮いたまま、視界が暗転した。
 意識が混濁する中で、身体を支えたのが誰かも解らなかった。

 ◇

 目が覚めた康則は、自分が自室のベッドにいるのを不思議に思った。
「五日間、意識が戻らなかったんですよ。将隆さまが心配して、日に何度も様子を見にいらっしゃいました」
 鎧塚一族の毒薬を抜くため、寝ずに看病をしてくれたらしい久米が笑いながら教えてくれた。
 あの一件があった翌朝。離れの自室で将成は、整えられた寝床に横たわる亜弥子に被さるように、自害していたそうだ。
 鬼龍一族の習わしに従い、ひっそりと弔いが行われ、親族会議によって未成年である将隆の後見人も決まったという。優希奈と万由里は、館山にある施設の整った療養所に入ったそうだ。
 事件に関与した鳴海家は、謝意を込めて持ち株の九割方を鬼龍家と鞠小路家に譲渡し、鳴海グループ経営陣から退いたらしい。
 薄い塩味のついた重湯を啜りながら康則は、まだ夢心地で久米の話を聞いていた。
 西側の窓から差し込む光が暖かなオレンジ色になり、本棚が長く暗い影を落とす頃。小さなノックの音がして、ドアが開いた。
「気が付いたな」
 ノートPCを手にした将隆が、いつも通りの冷たい瞳を康則に向ける。
「五日間も何も出来なくて、申し訳ありません……」
 事件後、混乱したであろう後処理で役に立てなかった。気楽に寝ていた自分が、情けない。
「呆れた。まだ、そんな事を言うのか?」
 少し苛ついた口調で言いながら将隆は、ベッドまで来て康則の膝にPCを放り投げた。
「鈴城が急かすから、報告書類の概要は作っておいた。詳細は、おまえが埋めてくれ」
「はい、申し訳……」
「だから、それをやめろ! おまえは、また俺を……!」
 声を荒げた将隆は、寢衣の胸ぐらを掴み、すぐに突き放して顔を背けた。掴まれたところが、痛い。
 身体の痛みとは、別の痛み。
 大きな傷を負った将隆を、一人にしてしまった事が、何よりも悔しかった。しかし空白の五日間を経た後で、取るべき態度がわからない。
 気詰まりな沈黙のあと、将隆が口を開いた。
「生きている限り、誰もが少なからず業苦を生む。業苦は積もり重なって、鬼を生む。誰かが鬼を斬り、業苦を昇華しなくては世の中が地獄になる」
「将隆……」
「父さんと母さんを殺したのは、俺だ。結局、同じ事なんだ。俺は、俺に与えられた役目から逃れられない。何が正しいか間違っているかなんて、関係ない」
 いったいどんな覚悟で将隆は、この残酷な言葉を吐いたのだろう。背けられた顔から、表情を読むことは出来なかった。

更新日:2013-07-08 16:36:59

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鬼御する者、その透徹なる瞳を【長編・完結】