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3日目 中

すっくと立ち上がったエイには、いつもの倍の威圧があった。

顎を上げ、前を向くその顔には嘆きの跡もそこには見られず、晴れ渡った秋空ような清々しい空気が流れる。

曇天を吹き払う突風の勢いで、指示を下した。

「よし。ひとりずつ担いで出口を目指すぞ。俺はビーを担ぐ。イーはシーを。エフはディーを頼む」

「よし」

「わかった」

意識を無くし、力の抜けた人間とは、水を吸った荷袋のようにずしりと重たい。ただでさえ90キロを越す巨漢。

自力で歩けないほどに泥酔した時のビーを担いだことはあるが、その時の1.5倍は重く感じる。腹が減って鉛でも食ったのではないかと疑るほどだ。

「重てぇなぁ。少しはダイエットしろよ、ビー」

返事はない。

肩に乗せられたビーの首。そこに走る朱色の線は、その付近が黒ずんでじくじくと嫌な汁が流れ出ている。

腕も顔色もどす黒く、うっ血したようになっていた。

「ははっ。ひでぇ顔しやがって。1ヶ月便秘みてぇな顔色してるぞ」

返事はない。

担いだ背中が、じんわりと温かかった。汗だくのべたべたした体を密着させるなど、普段ならば冗談でも願い下げだ。

汗っかきのドワーフ族、その発熱量は凄まじいものがある。かつて出会った人間の旅人からは、「人間ヒーター」の異名をもらった。

ドワーフの男たちが5人も部屋に集まれば、初冬の寒さくらいならばヒーター要らずで過ごせるからだ。

実際、その男は、雪山の山小屋で6人のドワーフに巡り合い、一晩の命を繋いだのだった。

その暑苦しい体温が、今はエイの心を支える。

一歩一歩がやたら長い。曲がり角までが遥か遠くに感じられた。

古代遺跡のダンジョンは、こんなに暗くて長かったろうか。

疲れ知らず、無計画男集団のエイたちにとって、ダンジョンの「ちょっと奥」は、はてしなく遠すぎたようだった。

更新日:2012-01-29 22:48:59

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